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  未知との遭遇 03  

 たとえ事前に危険を察知することが出来たとしても、それを完全に回避出来なければちょっと勘が良い程度で終わってしまう。回避しなければ意味がないのだ。
 ――つまり。
「……」
 雲ひとつ……やふたつやみっつやよっつ、その辺に悠々と浮かんでいるが、まあつまりはどちらかといえば晴れの日。
 朝見てきた天気予報でも、お天気お姉さんが降水確率0%絶好の洗濯日和でしょう、だなんて満面の笑みで言っていたのに、ぽたぽたと滴る水。おまけはないよな、と上を見上げても憎たらしいくらいの晴天しかない。
 が、遠くに複数の足音と笑い声が聞こえる。
「……汚水じゃないだけマシか」
 降ってきた水は汚れてもいないし臭いもしない。無味無臭。
「流体系の念動能力……避けられるわけないだろ」
 明らかに自分を狙ってきた水はその目的を見事に全うし、水浴びをしたように全身ずぶ濡れ。まあ、自主的に行ったか強制的にされたかの違いしかないけど。
 いくら水浴びに適した気温とはいえ、服を着たまま水を浴びる趣味はない。制服やら下着やらが張り付く感触が鬱陶しくてたまらない。
 が、着替えに帰るにしても寮内を水浸しにするわけにもいかないし、まだ授業の終わっていない今、人目はそうないだろうがあったときが面倒だ。荷物は教室に置いたままだし。
 同じ理由で校舎には戻れないし、この格好であの黒マリモに見つかったら更に面倒になる。
 起きる身震いは寒さのせいか黒マリモのせいか。
 寮にも校舎にも戻れないなら行くべき場所はひとつのみ。
「あー……、僕は誰のフォローもしないからな、うん」
 人間誰だって我が身が可愛い。

 校舎から少し離れた森の中にそれはある。誰が作ったのかなどは知らないが、大方、花好きの金持ちな生徒の仕業か、こんな街から隔離された場所に閉じこめられた生徒に癒しを、ということで学園側の配慮か、そのどちらかだろうが、後者の場合は全く意味を成していない。
 森の中に存在しているからか誰も近付こうとはしないし、そもそも健全な青少年が花を愛でているなどと噂が立とうものなら、それなんて羞恥プレイ?だ。
 そんなお陰で人の立ち入りの少ない温室は、更にある一人の生徒によって他者の立ち入りを困難にしていた。
 入り口傍にあるスロットに鍵を通して開錠する。ちなみにここの鍵は皆本の鍵ともうひとつでなければ開かないようになっている。しかもオートロック。温室なのになんて厳重なんだ、と当初は呆れたものだが、たまに迷い込んできて偶然発見した後、サボリや色々なことに使おうとする輩が過去にいたらしい。
 ――色々。
 日本語って便利だ。
「あれ皆本君。水浴びにはまだ早いんじゃない?」
「お前も水に襲われてみるか?」
「ははっ。風邪引かないうちに服脱ぎな。僕の服じゃあ小さいかな?」
 兵部と皆本はそう身長も体格も変わらないが、兵部の方がいくばかりか細い。痩身ではなく筋肉もそれなりについてはいるが、それなりににしかなれない体質らしい。それでいて力もあるのだから羨ましい限りだ。
 皆本も貧弱というわけではないが、力では兵部に劣る。当然、超能力の有無は関係なく。
「いや、お前に部屋まで連れてってもらおうと思ってたんだが」
 ここでまんじりと服が乾くのを待つよりも、瞬間移動で部屋まで帰った方が早い。
 便利道具のような扱いはしたくはないが、だが、兵部ならそうしてくれるだろうと漠然と甘えていた自分に気付いてびっくりする。
「なに一人で百面相してるの?」
「いや……」
 兵部に手を取られた瞬間景色は歪んで、次の瞬間には見慣れた寮の室内に変わっている。
 呆然としている皆本を置いて兵部はソファに腰を落ち着けると首だけで振り向いて
「待っててやるからシャワーでも浴びてきなよ。ただの水でも気持ち悪いだろ?」
「……ああ、うん」
 心を読まれていたことを恥ずかしく思いながらもいそいそとバスルームに逃げ込む。
 逃げ込む、とは一体どういうことかと自分の思考に突っ込みを入れながら、皆本は濡れた制服を洗濯機に放り投げた。

「あー!! 光一お前こんなところでなにやってんだよ!」
 森を抜けた途端にばったりと出くわしてしまった黒マリモ。なんだこの神出鬼没さは。というか今ってまだ授業中じゃないのか? またサボったのか、この黒マリモは。
 ……いや、自分も人のこと言えないけど。
 結局シャワーを浴びて温室に戻ってきてからも軽くお茶をして、ようやく教室に帰ろうとしていたところです、今。ちなみに水を浴びたのが2時間目と3時間目の間の休み時間だったから3時間目と4時間目をサボったことになる。
「おい! 俺が話しかけてるんだから何とか言えって! そんなんだから友達出来ないんだぞ!!」
 俺が、ね。
 本当にどこまでこの黒マリモは自分中心で、世界は自分を中心に回っていると思っているのだろう。これまでそれで許されてきた外の世界が少し恐ろしい。まあ、この黒マリモの周囲の環境が特殊だったんだろうけど。僕はそこまで世間知らずじゃない。
 超度7だって言われれば普通人は近寄りたがらない。異質が怖いのだから仕方のないことかもしれないが。
 そんな周囲から避けられる環境に、親は盲目的に子に愛情を注いだのだろうか。間違った愛し方だ。いけないとは言わないが、せめて一般常識くらいは身につけさせてやれよ、と思わなくない。どこまで甘やかせばこんな子供になるんだ。
「光一!! 聞いてるのかっ!!」
「……今授業中だよ。もう少し声抑えられないの?」
 いくら校舎から離れてるとは言え、授業妨害にならないだろうか。そんな声で名前を呼ばれたくない。
 というか、耳が痛い。
「っ、なんだよ、ちゃんとしゃべれんじゃん!」
 いやだから僕に無口設定はないって。
 っていうかなんで急にこの子顔赤らめてんの?口元しか見えないから本当きもい。
 ……あ。
 顔を赤らめた黒マリモが多分凝視しているのだろう先を追いかけて、思い出す。
 温室に戻ってくる前、つまりは寮で着替えてるときに色々あったからね。色々。うん。本当に日本語って便利だな!
 緩めてそのままにしていたネクタイをさりげなく、さりげなーく締め直して、固まったまま動かない黒マリモを避けて通ってみるが、ですよねー。無理でした。泣きたい。
「ちょ、痛い……!」
 ガッチリと腕を掴まれて、その力は骨が折れるんじゃないかってくらいにハンパない。手形がホラーになるから本当勘弁して欲しいんだけどなぁ。
「なんだよ、それ!」
「……それって?」
 わかるがあえて誤魔化してやりたい。だって僕もすっかり忘れてたし、っていうか黒マリモに詰問される意味もわからないんですけど!?
 相変わらず櫛を通しているのかもわからないボッサボサの髪を通して強い視線だけは感じる。……ちょ、怖っ! それもホラーだから!!
「ふっ、不潔だ!」
「……は?」
「そ、それってキ、キキキスマークっていうんだろっ!? 今まで授業サボってたのもそのせいか!?」
 いやどもりすぎだし。違うし。……あれ。違わないか?
 でもサボってたのは局地的な集中豪雨のせいだしな。
「だったらなに? それく……編入生君に関係あるの?」
 頭の中で黒マリモ黒マリモ言ってるからつい癖で言いそうになる。言っても黒マリモは気にしないだろうけどね。宇宙人だし。
 僕の返しに黒マリモは言葉を失ったようで、拳をぷるぷるさせて睨んでくる。多分。だって前髪で顔が見えないし。
 だけどすぐに黒マリモは一歩進んできて。
「そんなのもう止めろよな! お、俺がいるんだから必要ないだろっ」
 ごめん。理解不能だ。
 誰か通訳して。
 僕感応系の能力ないから黒マリモが考えてることわかんないし、っていうかわかりたくもないし。
「そんなのって?」
「せっ、セフレいるんだろ!?」
 うん。どうしてそうなるのかがわからない。
 黒マリモの中ではキスマークをつけてる人間がいたら全員が全員セフレにやられたとなるんだろうか。確かにこの学園の中で本気の恋愛をしてるのは少数だけど、いないわけじゃない。
 いやまあ僕とあいつは付き合ってはいない。うん。多分。同棲みたいなことまでしていつまで往生際悪くいるのかは自分でもわからないけど、あいつのことは嫌いじゃないけど、本気で恋愛するのかどうかは、まだわからない。
 なんだかそれが怖いような気もする。それがあいつを好きになることが、なのかどうかは、答えは出ないけど。今は待つと言ったあいつの言葉に甘えてる。
「いないよ、そんなの」
 あいつがセフレだなんて、そんな薄っぺらいものであるはずがない。
「じゃ、じゃあ首のそれなんだよ!」
 首筋につけられたキスマーク。ネクタイを締めれば見えない位置だけど、そのネクタイを締め忘れるとは笑えない。
「編入生君には関係ないだろ」
 自分でも、冷たい声が出たと思う。
 だけど親しくもない人間に根ほり葉ほり詮索されるのは不快なだけでしかなくて、珍しく黙り込んだ黒マリモを意識から追い出して校舎に戻る。
 ただ教室に置いてきた弁当を取りに戻るだけなのに、憂鬱だ。

 ちなみに余談だが。
 この数日後、寮のバスルームの水道管が詰まるという事件があり、数名の部屋が水浸しになってしばらく住めなくなってしまったらしい。
 僕はなにも知らない。
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