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  未知との遭遇 02  

 −知ってる? 例の編入生。副会長様だけじゃなくて他の生徒会役員様も誑し込んだんだって。
 −昨日なんか食堂で会長様にキスされて殴ったんだって。
 −えーっ、何様?
 −サイテー。

 −A組の特待生。あの編入生に落ちたんだって。
 −噂じゃあの問題児の一匹狼も編入生に惚れたって。

 −どこがいいんだろ。あんな不潔そうな黒もじゃ。
 −制裁はやってないの?
 −それがどうもあれでも高超度の超能力者らしくて。だから制裁しようとしても逆にこっちがやられるよ。
 −高超度の超能力者つれてけば?それに校内だとECMも効いてるしリミッターもつけてるでしょ?
 −……編入生、超度7だって噂だよ。
 −! 嘘。

 校内のそこかしこで囁かれる編入生の噂。既に編入三日目にして知らない者はいないほどの知名度を悪い意味で上げた編入生はその後も良くも悪くも悪目立ちを続けている。
 常に騒音を撒き散らす勢いで喋り、怒鳴り、走り回り、言動だけみればまったくの幼稚園児。それをそれなりの分別も付き始め、大人へと成長しようとしている男子高校生がやってのけているのだから、その知能の低さが窺えよう。
 既に関わりたくない一般生徒の大半からは危険人物としての認識を受けている編入生の同室者となってしまった皆本は、新しい同室者と一晩を迎えることなく、別の部屋に居候を始めた。
 夜、編入生が食堂に行っている間に必要な私物すべてを運び出し、個室には厳重に鍵もかけた。いくら不在だからといえ、勝手に侵入されては迷惑だからだ(さすがにそのくらいの常識は持っていてほしいが何せ相手はこちらの言葉が通じない宇宙人だ。不在と知れれば強引に押し入ってくるかも知れない)。
 部屋の移動は寮官には事情を説明し(その際寮官の顔が引き攣り、ついでに同情しているようにも見えたから兵部が何かしら先に告げたのだろう)、親しい友人には今後は自分から部屋に向かう旨を告げた。さすがに居候の身であるし、兵部の部屋に誰かを招くのは憚られた。
 とまあそうしてクラスも違ったために難から逃れることができた皆本ではあったが、どうやらそれが編入生は気に食わなかったらしく、友達がいのない奴だ、と憤慨しているらしい。
 ……だから友達になった覚えはミジンコほどもないのだが。
 これはそのうちクラスにまで押し掛けてくるかも知れないな、と皆本が対策を練ろうと考えたその日の昼休み。
 何の前触れもなく、突然として嵐はやってきた。

「あーーー!! 光一っ! お前こんなところにいたのかよ! 探したんだぜっ!!」
 バンッとはめられたガラスを揺らす勢いで教室のドアをスライドさせた編入生が、午前の授業を終えて気の抜けていた教室に向かって叫んだ。
 その騒音に不運にも入り口付近にいた生徒は隠すこともなく不快に顔を顰めている。明らかに歓迎されていない空気に気付くこともなく、編入生はドタドタと猪突猛進で迫ってくる。正直黒マリモがそんな風に迫ってきたら普通に怖い。
 自分へと向けられてくる複数の視線に、予め編入生の突撃があるかもしれないと事情説明し、理解と応援を示してくれたクラスメイト達に本当に申し訳なくなってくる。
 普通人クラスであるこのクラスにテレパスを使える生徒などいるわけもなくアイコンタクトで謝罪と巻き込まれる前に撤退するように伝える。頑張れ、とエールを送ってくる生徒には是非とも立場を代わってもらいたいが、致し方ない。
「なぁっ。なんで部屋に帰ってこないんだよ!? 俺ずっと待ってたんだぜ!」
 誰も待ってろ、なんて言ってないし、部屋に帰ろうとどうしようと自分の勝手だと思う。どうして同室だからとそこまで慣れ合わなければならないのだろうか。
 これが親しい者の言ならば申し訳なさが先に立つが、数回しか会ったことのない人間にそんなこと言われるのは気味が悪いだけだ。
「あっ! もしかしてお前もセッ、セフレがいるんじゃないだろうな! ダメなんだぞ! 自分の身体は大切にしなきゃ!! それに相手も可哀想だ!」
 −ぶっ。
 黒マリモの声に隠れて、誰かが吹き出す声がした。探さなくてもわかる。好奇心に負けて教室に留まっているクラスメイトだ。彼らは僕のことをよく知っている。少なくともこの目の前の黒マリモよりは。
 そうやってズバズバと言いたいことを主張して黒マリモは生徒会役員やその他の人気者を落としていったのだろう。この学園の腐った部分だけを見て過ごしてきた生徒にとっては、この黒マリモの主張は衝撃的なものだった。そして黒マリモは自身を肯定してくれる人間が複数現れたことによって、その行動に大きく拍車をかけてしまった。
 現に黒マリモは晴れ晴れとした表情(だと思う。多分。もっさりとした前髪で口しか見えなくてきもい)で笑っており、正しいことを言った俺すごい! と言わんばかりだ。
 引き攣った顔をしている皆本などおかまいなしに黒マリモは一方的に喋り続け、また手加減など一切知らない力で腕を握られる。
「食堂行こうぜ! 生徒会の奴ら紹介してやるよ! お前普通の友達がいないからそんな風に人見知りして話せなくなるんだよ! 俺が特訓してやっから! なっ」
 あれ。いつの間に僕人見知りで無口設定追加されたの?
 宇宙人はやっぱり宇宙人だ、と呆然としながら皆本が腕を離させようとするが、びくともしない。寧ろ逃がすものかと力を込められる。
「ちょっ、痛いって!」
「なんてこと言うんだよ! 俺そんなに力入れてないだろっ。ひどいこと言うなんて最低だ! 見損なったぞ!!」
「いや本当にアザが出来るから離してって」
「そんなこと言うなよ! 俺達親友だろ」
 え。まさかの親友認定?
 そして話が噛み合ってなくないか。
「くろ……編入生君は来たばっかりだから知らないだろうけど」
「編入生じゃなくて夏樹! 親友なんだから名前で呼べよな!」
「……編入生君は知らないだろうけど、生徒会は超能力者――」
「そうやって差別するのはいけないんだぞ! 俺だって超能力者だけど親友だろっ!!」
 生徒会は超能力者至上主義者の集まりで普通人を毛嫌いしてる、って言いたかったんだけど。
 皆本の呟きは誰にも聞こえず。
 だが、一人騒ぐ編入生の言葉に教室の温度が下がる。
「超能力者だ普通人だって言ってるからお前友達が出来ないんだろ! そうやって自分から壁作って相手を見ようとしないのはいけないんだぞ! 確かにアイツらちょっと世間からズレてっけど、いい奴ばっかりなんだぜ!」
 この学校に編入してきてたった三日の部外者がこの学園の何を知っているというのだろうか。
 現生徒会が、ただ相手が普通人だったからという理由でどれだけの暴挙を行ってきたのか、知っての言葉だろうか。もしそうであれば正気を疑う。
 今完璧に、この黒マリモは学内の普通人全てを敵に回した。これだけの目撃者がいれば十分だ。放課後には全校生徒に回るだろう。
 普通人嫌いは生徒会に関わらず存在しているのが実状だが、最初からその存在を否定しているわけではない。彼らは超能力者だからという理由だけで畏怖し嫌う普通人を嫌っているだけだ。自分を嫌っている人間に好いてもらう気はないという、冷めているかも知れないがそれだけのことだ。誰だって好んで暴言を受けようとは思わない。
 だが生徒会は、普通人という人種だけで全ての人間を嫌う。超能力者だけを認め、普通人を旧人類と蔑む。彼らとて普通人として生まれてくることもあったかもしれないのに。超度6の能力者の集まりゆえに、手出し出来る者はいない。だから生徒会による独裁が罷り通ってしまう。
 そんな彼らを崇める親衛隊は、彼らの見目に集まっただけの好奇心の固まりで、中身さえ違っていればと嘆く隊員もいる。超能力者普通人関係なく入隊でき、だが生徒会からの扱いには雲泥の差がある。過去には生徒会による暴行によって退学した普通人の生徒もいるほど。
 それをいい奴、とはそれこそ彼らの見た目や上辺でしか判断できない者の言葉だ。同じ超能力者からも彼らは嫌われている。嫌われ者の裸の王様がこんな成長しきれない子供の尻を追いかけ回しているなど、学外に漏れればどうなるか彼らは知っているのだろうか。
 確かに学内での両者の比率は超能力者が過半数を占めているが、社会に出ればまだ超能力者が少数でしかない。その状況で超能力者の地位を貶めれば今後どういう境遇が待ち受けるか、考えるまでもないことだというのに。
 そんな事態にならないようにこの学園と言うものが存在しているというのに。
 この黒マリモも、現生徒会役員も何一つ分かってはいない。どうしてこの代にはこんなにも愚かしい者しか集まらなかったのだろう。
「……悪いけど、編入生君にも迎えが来たようだし、彼らと食べれば? 僕も先約があるんだ」
 予期せぬ出来事にまた約束の時間に遅刻だ。彼は怒っているだろうか、それともどこかで高みの見物でもしているのだろうか。ならば助けてくれればいいものをと思うものの、どうやら美形が好きらしい黒マリモが彼に会えば確実に躍起になって纏わりつこうとするだろう。
 それはそれで不愉快だ。嫉妬とか独占欲とかそんな感情ではないんだからな!
「てめぇら、こんな掃き溜めに俺様の夏樹を連れ込んで何しようとしてたんだ、アア?」
「こんな場所にいたら汚れるだけですよ、夏樹」
「「そうだよー。早くこっちに来て僕らとご飯食べようよ」」
「……普通人、嫌い」
 生徒会役員の登場に黒マリモの雰囲気が明るくなり、教室の温度が更に下がる。
「なんだよ、お前ら! わざわざ迎えに来てくれたのか!? あ、なぁっ。コイツ俺の親友なんだ! 一緒に飯食っていいだろ!?」
 生徒会役員が吐き捨てた言葉など聞いてないとでも言うように、黒マリモは自分の主張だけを押し進める。傍から見る分には勝手にやってくれ、というものだが、巻き込まれて睨み付けられる皆本にしてみればたまったものじゃない。
 さすがに複数人に殺気を篭めた目で睨まれれば怯みそうになる。
「僕は行かないと言っているだろう。耳が悪いのか」
「なっ、なんだよその言い方!」
「お前、普通人のくせにずいぶん生意気な口叩くじゃねぇか」
 生徒会長が黒マリモを庇うように言葉を放てばそれに感動したらしい黒マリモが感激したような震える声で生徒会長の名前を呼ぶ。それに生徒会長は優越感たっぷりに鼻を鳴らし、他の生徒会役員が悔しげに顔を歪める。……いったいこれは何の茶番だろうか。
 とりあえず黒マリモと生徒会役員の意識が互いにしか向いてない今のうちに出よう。その場にいたほかのクラスメイトにも昼休みがなくなると伝えて二人分の弁当箱を持って脱出する。誰もいなくなった教室に取り残される黒マリモと生徒会役員の図を見たかったような気もしたが、これ以上巻き込まれるのはごめんだ。

「すまない、兵部。遅くなった」
「気にしてないよ。それより腕を見せてごらん」
 いやだからどうして知っているのか、とかそんなことは言わないから、せめて助けて下さい、マジで。
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