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  未知との遭遇 01  

「あ! あんたが同室者!? 俺、天道夏樹ってんだ! よろしく! あんたの名前はっ?」
 一体どれだけ声を張り上げているんだ、と思うほどにやかましい声量で話しかけてくる、多分人間。今時見かけないぼさぼさの黒髪に瓶底眼鏡、の見るからに怪しい典型的なオタルックと言うべき外見。
 話す度に飛び散る唾が不潔だ、と感じていると、どうやらずっと天道の傍にいたらしい優等生然とした副会長が、ねぇ、と会話に入ってきた。会話、というよりもこの目の前のもっさり君が一方的に喋っていた(怒鳴っていた?)だけだけど。
「折角夏樹が話しかけてるんだから返事くらいしたらどうだい? 普通人のくせに調子に乗ってるんじゃないだろうね」
「そんなこと言うなよな! いきなりだからびっくりしてるだけだって! な、そうだろっ?」
 副会長の発言に眉を顰めている間にもっさり君が勝手に仲裁に入り込み、表情の見えない顔で同意を求めてくる。……確かに僕はびっくりしてるがそれはいきなりどうこうの前にまず君のその容姿にびっくりしているのだが。ちゃんと鏡は見ているのだろうか。
 腹黒い笑みを浮かべる副会長に何も言わずにいれば、僕が怯えてるとでも思ったのか勝ち誇ったように副会長は笑う。だがこんなもの、アイツに比べればまだまだ可愛げのある方だ。
「えーっと、天道君、だっけ。僕は皆本光一」
 よろしく、と言わないのはわざとだ。このもっさり君とは関わらない方がいいと、この短期間で培われた僕の第六感が告げている。
「光一だな! よろしくっ。俺のことは夏樹って呼べよ! 友達だろ?」
「これが初対面なんだけどね。えっと、僕のことは名字で呼んでもらえないかな。僕、名字の方が呼ばれ慣れてるから」
 それに君の隣にいる副会長が射殺さんばかりで睨んでるし。
 アイツにバレたらただじゃすまないだろうし! (寧ろこっちが重要っ!)
「何言ってんだよ! 友達なんだから名前で呼ぶのは当たり前だろっ。大丈夫。慣れてないなら俺が慣れさせてやるからさ!」
「あははは……」
 何言ってんだよ、は君の方だよ。え、ていうか、本当にこの子なんだろ。アイツ以上に言葉が通じないかもしれない。いや、アイツの方が分かりたくないけど言ってる意味が分かる分マシなのかなぁ。どっちだろ。
 僕が現実逃避している間にもっさり君(面倒だからもうこれでいいや)は勝手に(いやまあ今日から彼の、でもあるんだけど)部屋にあがって騒いでいた。ついでに当たり前のように副会長もあがって……、て、いや本当今日は厄日? 
「うわっ、なにこれ! すっげーうまそう!」
 いつまでもドアの前にいたって仕方ないからもっさり君達がいるリビングに戻って、僕ははた、ともっさり君の声に我に返った。
 もっさり君の視線の先には焼き上がったばかりのシフォンケーキが、食べて、とばかりに鎮座してて……、って、
「だめだ!」
 早速、とばかりに目敏くフォークを見つけたもっさり君がケーキにそれを伸ばすのを慌てて止めさせる。
 いきなりの大声に目を丸くしてもっさり君は僕を見て、何故か副会長に睨まれる。……なんで。
 そもそもは断りもなく食べようとしたもっさり君が悪いんだろう? 本当になんなんだ、この子供は。普通は聞くだろう。どうしてさも当然のように食べようとしてるんだよ、なんで副会長は止めないんだよ。
「どうしたんだよ、光一。いきなり大声なんか出して。あ、お前もこれ食べたかったのか? ちゃんと分けてやっから安心しろよ!」
 なんなんだ、本当。
 それは僕が作ったものであってもっさり君のものではないし、上から目線の物言いも腹が立つ。初対面から誰かに不愉快な気持ちにされたのはこれが初めてだ。どうして副会長はこんなもっさり君の傍にいるんだろう。
「それは僕が人にあげるために作っていたものなんだ。勝手に食べようとしないでくれないか」
「なんだよ。一個丸々あんだから一口くらいいーじゃん」
 その一口ですら許可を取ろうとしなかったのは誰だよ。
「夏樹。そんな普通人の作ったものなんか何が入ってるか分からないんだから。ケーキが食べたかったら僕が買ってあげるよ」
 副会長が僕を睨んで、もっさり君を慰める。出会ってすぐ友達宣言をしたくせに、副会長の差別発言はスルーするんだな。今更、僕が普通人である事実は変わらないからどうでもいいけど。ということはこのもっさり(ああもう敬称をつけて呼ぶのも煩わしい)は超能力者なのか。
 果てしなく面倒な予感しかしない。
 もっさりと副会長は無視して鬱々とした気分のままケーキを用意していた箱に仕舞う。時計を見ればそろそろ約束の時間がきてしまう。
 焼き上がりを待つだけだったし、待ち合わせ相手の部屋に行くだけだから持ち物は携帯とカードキーだけでいい。それらをポケットに捻じ込んで、ケーキの箱を入れたバッグを手に取ろうとした瞬間。
「俺も一緒に行く!」
 痛いほどに腕を掴んだままのたまったもっさりには、呆れて物も言えなくなる。でもここで何も言い返さなければ確実についてくるんだろう。というか、既についてくる気満々だ。
「なんで?」
「なんでって、大勢の方が楽しいだろ! それに光一の友達にも会いたいし!」
 言いながらぎゅうぎゅう腕にしがみつかれて、正直痛いどころの話じゃない。もっさりの能力は念動力か? 馬鹿力にも程がある。骨がみしみし言ってるんじゃないかってくらいだし、きっとホラーばりのアザが出来てる。
「い、たいって。離して」
「やだ! 頷くまで離さねぇもん!」
 ガキか! 
 痛いって言ってるの聞こえなかったのか? ますます手の力は入れてくるし、穴が空きそうなほど副会長は睨んでくるし。胃に穴が空きそうだって。
 ああ絶対アイツにねちねちと遅刻を責められる。そうなったら僕はこのもっさりを絶対に庇わないぞ。何てったって誰だって我が身が可愛いに決まってる。それでこのもっさりが転校早々どうなろうと知ったことか。
「夏樹。こんな普通人に構ってないで僕の部屋に来ない? お菓子もゲームもあるよ」
 もっさりの気を引くんだったらもっと早くに言えよ! 
 まあそれであっさりもっさりが引いてくれたからよかったんだけど。
 でも今はそんなことよりも。
「ふぅん。それが遅刻とこの腕のアザの原因?」
 誰かこの絶対零度の空間から助けて下さい。
 目の前には一見にこやかな表情で穏やかな口調で話す、御仁。だがこれはかなり頭にキてる証拠だと僕は知っている。何故なら全っっ然、目が笑ってない。別にそれは僕に向けられた怒りじゃないけど、正面から見れないです。怖い。
「そう言えば転校生が来るって情報あったね。でも、君は主席なんだから一人部屋が与えられてただろ?」
 トン、とテーブルを叩く指に思わず身体が震えてしまうのは決して僕がビビリだからじゃない。コイツが威圧ありすぎるんだ。
「……その転校生の叔父がここの理事長で、無害そうな僕を選んだんだよ」
「へぇ。理事長自ら規約を破るとは。それで君はそれに頷いたわけだ」
「仕方ないだろ!? 逆らえば特待を取り消すって言われたし」
「で?」
 たった一言で冷たく切り替えされて本当に泣きそう。だけど僕もそれにただで引き下がった訳じゃない。いやまあ、表面上はそうなんだけど。
「録音はしてる。同室者次第では別に相部屋でもいいかな、って思ってたけど、アレは無理」
 僕の部屋は元は二人部屋だったのを一人で使わせてもらってただけだから、空き部屋は作れた。それに各個室には内鍵がついているからプライバシーも守られる。キッチン・バストイレは共同になるけど時間をずらして使えばいいだけだし。
 普通の同室者であれば何の苦労もなかったんだけど、あれは確実に面倒事を持ってくる。というか、奴が台風の目だ。現に既に副会長に睨まれたしな。
「へぇ。普通人嫌いの副会長と会ったんだ」
「転校生にくっついてたんだよ。……ていうか、勝手に透視するなよ」
「なんだか面倒そうなのが来たね。黒いマリモ?」
「マリモ……」
 言い得て妙だ。
 よし。今度からもっさりのことは黒マリモと呼ぼう。
「まあ今日から僕の部屋に移ってくれば? 荷物は僕が運んであげるし」
「え、あ……、でも……」
 一分一秒でもアレと一緒にいたくない僕としては非常に、非常に有り難い申し出なんだけど。
 コイツも一人部屋の恩恵に預かってるわけだし、僕なんかの一般の部屋と比べると随分広いし。一人くらい居候が増えたところで何の苦にもならないだろうけど。
「そんなにあの黒マリモと一緒にいたいの?」
「それはない」
 即答。
「なら……、僕に何かされるのが怖い?」
「っ」
 送られてくる流し目にぞくり、と肌が震える。それは別にコイツが怖いからでも何でもない。コイツの機嫌を損ねない限りは温厚だし、コイツも無闇矢鱈とキレるわけじゃない。
 ただ、どうしても慣れないんだ。コイツに欲を孕んだ目で見られることが。まるで肉食の獣に標的にされた野兎のように、ただじっと震えながら獣が立ち去るのを待つしか出来なくなる。
「冗談だよ」
 本当に冗談であったように、何事もなかったかのように微笑んでカップに手を伸ばす男をじっと見つめ、しばらくしてようやく安堵の息を吐き出す。
 周囲がそういう環境だから今更同性であることに嫌悪はなくても、いざ自分がそういう対象で見られれば困惑が先に立つ。それも、相手がコイツだから、かもしれないけど。他の人間だったら気持ち悪いとしか思えない。そういう点では、きっと僕はコイツにそれなりに気を許しているんだろうけど。
「それにしても一波乱ありそうだね」
「……予知か何かか?」
「僕に予知能力はないよ。強いて言うなら、僕の勘、っていうところかな」
 そう言ってにっこり笑う男に、その勘が外れているようにと祈るしかない。でもそれが当たるだろう、ということは僕の勘も告げていた。
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