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  幸せ家族計画 14  

 昼間突き抜けるような青さを見せていた空も、今ではすっかり夕暮れに染まっている。遥か水平線に少しずつ太陽が沈み行き、東の空から藍色の夜空が覆おうとしている。
 寄せては引いていく波の音に耳を傾けながら、誰も居ない砂浜をのんびりと歩く。着いて早々に海に飛び込み疲れも感じぬほど騒いでいた三人の子供達は、今は押し寄せてきた疲れを癒す為にぐっすりと眠りについている。
 時間的にはそろそろ夕食時ではあったが、たまには怠惰的な生活も許されるだろう。そう思い、皆本は兵部からの誘いを断ることもなく、今こうして二人きりで波打ち際を散歩していた。
「いい所だな。静かで、たまにはこんな所でのんびりするのもいい」
「そう言ってくれると連れてきた甲斐があるよ」
 穏やかに微笑む兵部に釣られるように皆本も笑みを浮かべ、キラキラと夕暮れに反射する水面を見つめる。
 此処が一体どこであるのか兵部は結局教えてくれなかったが、そんなことも気にならない程、今回のこの旅行に皆本は満足していた。これから数日間此処で過ごすのだと考えると、わくわくして仕方がない。まるで童心に返ったかのような、そんな期待が膨らんでしまう。
「気に入ってくれたかい?」
「ああ。すごく」
 どこか夢心地で返事をする皆本に兵部はくすりと小さく笑みを零して、そっと手を取る。皆本は一瞬びくり、と身体を揺らし緊張するような素振りを見せたが、兵部が指を絡めると少しずつ力を抜き緩い力で握り返してくる。
 ほんのりと淡い赤に染まっているようにも見えるのは、単に夕陽の所為なのか、それとも……。
「こんな所でさ、結婚式挙げたら素敵だよね」
「……ああ、そうだな」
 一瞬の間があったものの返された言葉に、兵部は握り締める指先に力を込める。
「ねぇ、皆本君。プロポーズだってちゃんとわかってる?」
「え……っ」
 慌てて皆本が兵部を振り向けば、彼はまっすぐに海に向けていた視線をゆっくりと皆本へと向ける。
 時が止まってしまったかのように皆本は硬直し、そんな反応に兵部はふと目を細める。
「プ、ロポーズってそんな……、なに、言って……」
「冗談、なんかじゃないよ。僕は本気だ」
「でも、その……、……できるわけ、ないだろ」
 蚊の鳴くような小さな声。兵部の手を握る指先にも戸惑いが混ざり、困惑がありありと伝わってくる。だが、その困惑を振り切らせるように兵部は腕を引き、バランスを崩した皆本の身体を抱き止める。強く、きつく。
 慌てて離れようとする身体を、背中に腕を回して押し留める。恥ずかしがる必要などどこにもありやしない。此処は、皆本と兵部二人きりの空間なのだから。邪魔する者はどこにもいない。
「できる、できないじゃない。したいか、したくないか、だよ」
 じっと見つめてくる眼差しに皆本は居た堪れなく視線を外す。けれどいつまでも横顔から逸れることのない視線に、ゆっくりと溜息を吐く。

「……僕でよければ。京介さん」

 重なり合った互いの唇からは、ほんの少し塩辛い潮の香りがしていた。


「――っていう夢を見たんだ」
「そのまま永眠してろ、変態ジジイ!」
 中々起きてこない兵部を起こしに来てみれば寝ぼけ眼でベッドに引きずり込まれ、そんなことをのたまわれる始末。調子に乗ってキスを仕掛けてこようとする顔面に枕をぶつけて、皆本はベッドから抜け出る。
 いつの間にか外されていたシャツの釦を嵌め、ベッドから恨みがましく視線を送ってくる色ボケジジイのことは綺麗にアウトオブ眼中。
 とっとと部屋を後にして、皆本はダイニングに待つ子供達の下へと向かった。
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