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  幸せ家族計画 13  

「いつから此処は保育園になったんだよ」
 テーブルの上に散らかされた折り紙を見て呆れたように呟く賢木に、皆本は小さく苦笑を返す。直ぐにその視線を続きをねだる葉へと戻しながら、賢木も誘い込む。
「次はここをこの位置まで折り曲げて……、うん、そう。で、次はこっち」
 拙い指使いで皆本の指示通りに、三人は正方形の折り紙を折り曲げていく。皆本は葉の傍に付いてマンツーマンで教え、司郎と紅葉はプリントアウトされた用紙と睨めっこをしながら、また別のものを作っていく。
 賢木が見下ろしたテーブルの上には、既に完成された色とりどりの一枚星や編み飾り、提燈や輪綴りなど、不恰好なものから几帳面に折られたものが広げられていた。考えるまでもなく、前者が子供達、後者が手本として皆本が作って見せたものだろう。
「七夕飾りか?」
「そうだよ」
「ねぇ、賢木先生。ここってこれで合ってると思う?」
「んあ? どれだ」
 白衣のポケットに突っ込んだままだった手を出して、賢木は紅葉の手元と用紙とを見比べる。この折方のコピーも、皆本が用意したものだろう。わざわざネットで調べたのかと思うと、つい苦笑が零れてくる。
「ああ、合ってるぞ。紅葉ちゃん」
「よかった」
 ほっとしたような笑みを見せる紅葉の頭をくしゃりと撫でて、賢木もテーブルの端に置かれた折り紙を一枚取る。こんなものに触れるのは一体いつ振りだろうか。折り紙なんてものは小さい頃に触れてそれ以来だろう。
 賢木にとってはただの色紙にしか過ぎないが、子供達にとってはそうじゃない。たった一枚の紙から様々なものが作れるのだから、その興味も深いだろう。皆本が教えているのは七夕に関連したものばかりだが、つい、懐かしさに駆られて賢木は過去を思い出しながら紙を折っていく。
「……なに折ってんの? 賢木先生」
「んー? 出来てのお楽しみっつーことで」
 覚えているかどうか曖昧な所だったが、折っていく内に段々と指が思い出していく。細かな部分も丁寧に整えて、少しして完成するのは
「なぁに? それ」
「鶴だ、ツル」
 不思議そうな顔をする紅葉へと手渡せば、興味深そうに司郎と共にまじまじと見つめる。こんなもの一つで喜んでくれるのなら安いものだ。
 一方で葉も皆本に教わりながらどうにか完成したらしく、満足げな声を上げる。
「できたっ。紅葉ねぇ、司郎にぃ、みて!」
 誇らしげに葉が掲げてみせる、二枚の色違いの折り紙で作られた人形(ヒトガタ)。その頭部と思しき部分には顔も描かれている。身を乗り出して司郎と紅葉に自慢する葉に、紅葉はそれを受け取りながら笑みを浮かべる。
「可愛いわね」
「これってもしかして織姫と彦星?」
 二対の寄り添うような男女。七夕伝説に出てくる、年に一度しか逢う事が許されない恋人。
「そうだよ。よく分かったね、司郎」
「別にこれくらいは……」
 皆本が褒めると、司郎はどこか照れ臭そうに顔を背ける。
 いそいそと途中だった作業を再開させる司郎を微笑ましく見ながら、皆本はそう言えばと改めて賢木を見つめる。
「どうしたんだ? 抜け出して」
「診察も終わったから息抜き。お前こそ、研究室はいいのか?」
「午前は顔を出したから。午後はこの子達の面倒を見るようにって局長命令」
 苦笑混じりに告げる皆本に賢木もその様子がなんとなく寸分違わず想像出来そうで、同じように苦笑を返す。超能力者に頗る甘い局長であれば、たとえ皆本にどんな仕事があったとしても超能力者のことを優先させるだろう。実際には、今はそう急ぎの仕事もなく比較的のんびりとしているようでもあるが。
 しかし前日でこうなのだから当日はどうなるだろうか。だが、メインでもあるような短冊に願い事を書いて葉竹に吊るすことを今日中にしてしまえば明日は通常勤務に戻れるだろう。
「ん? そーいや、竹は?」
「うちのベランダ。今朝兵部が持ってきてたんだ」
「……明日の朝になったら受付にもあるかもな」
「…………用意するって局長騒いでたよ」
「…………そっか」
 どことなく遠い目をして、溜息を吐く。どうやら明日は明日でお祭り騒ぎになりそうな気がする。
「で、願い事は書いたのか?」
 折り紙に夢中になる子供達に問い掛ければ、一様に頷きが返ってくる。へぇ、と生返事をしつつ皆本へと視線を向ければ、白紙の短冊を手渡される。
 それと一緒にペンも差し出されて、賢木は軽く首を傾げる。
「俺もいいのか?」
「うん。飾るのはうちのヤツになるけど。折角だからね」
「お前も書いたのか?」
「僕はまだ。でも、何を書くかは決めてるよ」
 優しい、まるで親のような眼差しを子供達に注ぐ皆本を見ていれば、その願い事が一体どんなものであるかは想像に易い。欲がないというか、なんというか。けれど皆本にしてみれば堅実な、叶えたい願いなのだろう。
「七夕が本来どういう祭か知ってるか?」
「知ってるよ。技芸の上達を祈る祭だろ? ご利益のある願い事は芸事らしいけど、いいじゃないか。日本ではそういう祭なんだし」
「さすが。皆本は知ってたか。ま、五色の短冊用意するくらいだしな」
「それは兵部だよ。賢木はなんで知って……、あぁ、うん。なんか想像できたからいいや」
「しつれーなヤツだな」
 器用に指先でペンを回しながら、願い事を考える。まさかこんな展開になるとは思わなかったし、咄嗟に願い事が浮かぶはずもない。
 それにいるのかどうかも分からない神様に頼んで願い事を叶えるよりも、自分で叶えてみせる。それでも。
 普通の暮らしにも慣れ始めてきた子供達を見れば、確かにこのまま成長してくれれば、と思わないこともない、か。
 しばらく悩んでから、賢木はペンを走らせ始めた。
「ああそうだ。賢木も今夜うちに来るか?」
「そーだな。ついでにお前んちの笹でも拝むか」
 どうせ今夜は予定が入っているわけでもない。仕事も定時上がり出来るだろうから、丁度いいだろう。
「君って本当に油断も隙もないっていうか、間男だよね」
 そんな声と共に何もない空間から突如現れる、学生服姿の少年。聞き捨てならない言葉を告げた闖入者を、賢木はきつく睨みつける。
 だが、当の本人はといえば何食わぬ顔で皆本の隣に腰掛けており、賢木などすでに眼中に入っていない。
「ただいま、皆本君」
「お前な。ドアから入ってくることを覚えろよ、少しは」
「やだよ。面倒だもん」
 呆れた口調の皆本にそう返して、兵部は優雅に足を組む。
「ねぇ、賢木先生。マオトコってなに?」
「……そんな言葉知らなくていいぞ、紅葉ちゃん」
「間男って言うのはね、紅葉。賢木先生みたいな男のことだよ」
「だぁっ!? あんた子供に変な言葉教えてんじゃねぇよ!」
「冗談だよ。紅葉、今の言葉は忘れていいからね。司郎も」
 明らかにからかっている表情と口調で兵部は笑う。皆本に関してはちゃっかりと葉の耳を塞いでいる。きょとん、としたように首を傾げながらも頷く司郎と紅葉には救われる、というべきか。
 兵部が現れてからそう時間も経っていないのに、ものの数秒で一気に疲れたような気がする。というよりも、疲れた。皆本はよくこんな人間と四六時中というように付き合えるものだ。
「紙飾りもいっぱい作ったみたいだし、飾るのが楽しみだね」
「見て、京介っ。これ俺が作った!」
「うん。上手に出来てるね、葉」
 兵部が頭を撫でてやると、葉は嬉しそうに笑う。その光景に釣られるように紅葉も自分で折ったものを見せて、兵部に同じように頭を撫でられてはにかむような笑みを浮かべる。司郎は他の二人とは違い素直に甘えられないのか、控えめだが兵部に褒められると嬉しそうに表情を緩ませる。
 そうやってただそれだけを見れば、兵部も彼らの親代わりを立派に果たしているのだと、わかる。
「賢木。戻らなくても大丈夫か?」
「あ? あー……、めんどくせぇ」
 そう仕事に追われているわけでもないが、この日溜りにいるような温かさを味わってしまえばあの無機質な空間が寒く思える。なかなか動かしたくはない重い腰を上げて、白衣をはためかせる。
「んじゃ、また後でな」
「ああ」
 去るのは名残惜しいがどうせ後数時間の我慢だ。廊下に出ると賢木はぐ、と伸びをして怠けたくなりそうな頭を切り替えた。
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