戻る | 目次 | 進む

  幸せ家族計画 10  

「え、なにコレ。お前どうしたんだ?」
 そう呟く皆本の手には可愛らしいピンク色したフリフリのエプロン。
「…………葉からプレゼントに貰った」
 呟く賢木の表情は苦々しく、出来る事なら今すぐ捨ててしまいたいと顔に書かれているようだ。
「……で、なんでこれを僕に?」
 皆本の疑問も尤もなもので、賢木は深々と溜息を吐く。
「何故か二着あった。直感的に嫌な予感に駆られた俺は、迷わず渡されたエプロンを手に接触感応能力を発動させた。――しかし。なにも読み取ることは出来なかった」
「…………それで」
「これを選んだのであろう葉の感情も透視出来ないのはおかしい。つまりは何者かによって阻害されていると考えることが筋だ。そしてそんな事が出来る人物はごく限られている。その結果」
「結果?」
「俺はお前も巻き込むことにした。――頼む、これを着てくれ」
 賢木の口から透視を阻害したのであろう人物の名は語られなかったが、皆本にも充分推測は出来た。いやそもそも、そんな事を企む人間自体が限られている。
 頭を下げる賢木の旋毛を探しながら、皆本は深々と溜息を吐き出した。
「――なにを考えているんだ、あのじーさんは」

 数分後と言わず、数秒後にはピンク色のフリフリエプロンは皆本と賢木の身体に掛けられていた。いい歳の大人、しかも男が二人揃って同じピンク色のエプロンを身に付ける光景とは如何程のものなのか。
 どうせ自分達以外には誰も居ないのだからと吹っ切ってしまえば関係ない。ただ、見られませんようにと祈るだけだ。
「なに作る気だ?」
「うーん。そうだなぁ……」
 皆本は顎に手を当ててふむと考え始め、冷蔵庫を覗き込む。その隣から賢木も同じようにざっと材料を把握していく。
「賢木」
「んー?」
「あんまりくっつくなよ、髪がくすぐったい」
「あ、悪ぃ」
 一旦冷蔵庫から離れて、賢木は自分の髪を弄る。そう言えばいい加減に伸びてきたこの髪もちょっと邪魔っぽいかもしれない。
 そう考えていると皆本はなにやらポケットを漁り始め、しかしこれが今日初めて着たものだと思い出すとキッチンを離れていく。何処に向かう気なのか、ぼんやりと後姿を眺めていると何かを持って戻ってくる。
「ほら、ゴム」
「あ? お前こんなのまで持ってんのかよ」
 渡されたのはいたってシンプルな何の飾り気もないヘアゴム。皆本の手にも同じものがあり、小さく苦笑する。
「いや。僕が料理の時髪が邪魔になるってぼやいてたら紅葉がくれたんだ」
 そう言って、皆本は慣れた手つきで後ろ髪を結っていく。賢木もふうん、と適当に相槌を返しながら、鬱陶しい後ろ髪を一纏めに結う。ほんの気持ち程度にちんまりと結ばれたものだが、これから火を扱うことを考えれば首元も充分涼しい。
「んじゃ、うるさくなる前にさっさと作っちまうか」
「そうだな」

「ただいまー」
 と、兵部と葉達が自分達の家に帰って来た時には、なにやらリビングの方が騒がしかった。三和土を見れば二足の靴が並べられており、一気に兵部の顔が変わる。
 嬉しそうにリビングへと向かう兵部に、後から入ってきた三人はそれぞれ顔を見合わせる。呆れながらも三人の表情もどこか嬉しそうだ。――これで育ての親からの理不尽な責め苦が終わる。……否、勿論皆本が出張から帰ってきてくれたことも嬉しいが。
「どーしたんすか、少佐。入らないんすかぁ?」
 けれどいの一番にリビングに向かったはずの兵部は、なにやらその扉を中途半端に開けたまま固まっており、葉はその肩越しにひょいと中を覗き込む。普段となにも変わらない家の様子だ。聞こえてくる二人の声のお陰で、いつもより明るく見えるくらいだろうか。
 内心首を傾げながら兵部の視線の先、つまりは二人の声のする方に視線を移して、同じように葉も固まった。
「ほら皆本、味見」
「ん……。ん、あ、美味い」
「だろ?」
「こっちもいい感じに出来上がってきたぞ」
「へぇ……。……あぁ、いけるいける」
「だろ」
 ピンク色のフリフリエプロンを身に纏い、ほんの気持ち程度に纏められた後ろ髪。
 そんな二人がキッチンで仲良く肩を並べてキッチンで料理中。どうやら兵部達が帰宅したことには気付いていないらしく、そして覗かれている事にも気付く様子もなく着々と手際よく料理を続けていく。
「…………司郎ちゃん。わたし先に部屋に戻るわ」
「ああ……。いや、俺も戻る。疲れただろう?」
「あれ見て余計に疲れたわ」
 憐れむようにドアに張り付く男二人を見つめて、紅葉と司郎は早々に自室に戻る。
 そんな遣り取りが背後でされているとも気付かない、ドアに張り付く男二人はと言えば。
「――これは予想外」
「っすね。なんだ、修二さん嫌そうな顔してたくせに案外ノリノリ」
「光一も僕がお願いしても絶対に頷いてくれないのに」
「「………………チャンス?」」

 この数秒後には、隣家にも聞こえるほどの叫び声が響くことになる。
戻る | 目次 | 進む

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system