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  幸せ家族計画 08  

「な……、いいだろ、光一」
「ん……っ」
 耳元で甘く囁かれる。そのまま耳朶をぺろ、と舐めながら撫でるように胸の上を手の平が這う。
「やめろ、ばか、……ぁ、」
 笑うような吐息が掛かり、ただそれだけで身体がひくん、と跳ねる。拒否しようとする声も仕草も、本気で嫌がっているわけではないとは一目瞭然。だが兵部はきちんと許しを得るまでは焦らしを続けるつもりなのか、シャツ越しに焦れったい刺激を与えるだけだ。
 引っ掛かりを覚えるように指先が突起に触れたとしても、兵部は気にも留めずに別の場所に触れ始める。
「ねぇ、皆本君。もっとしてもいい……?」
「やっ……、あいつら、が……」
 感じているのに、もっとして欲しいのに躊躇ってしまうのは同居している子供たちのせい。確かに今の時間であれば子供たちは寝静まっているだろうが、部屋は防音になっているわけでもないし、起き出してくる可能性がないわけでもない。
 教育的にも良くないし、なによりも恥ずかしい。
 そう告げれば兵部は不機嫌な声で相槌を返して、カリ、と耳朶に歯を立てる。
「いっ」
「皆本君最近いっつもそう言ってるよね」
「だ、って……、やっぱ聞かれたらまずいだろ」
「そりゃまぁ、皆本君の可愛い声をあいつらに聞かせてやるのは癪だし、かと言って声が聞けなくなるのもねぇ」
 プレイの一貫だったらそれなりに楽しめるけど、とよからぬことを付け加えたのは黙殺して。
 皆本は下手に出るように「だからな」と兵部の身体を離させると自分も身体を起こして、向き合うようにベッドに座り込む。皆本の行動を見守るように見つめてくる視線は意識的に意識しないようにして、兵部の下肢へと手を伸ばす。
「だからその、きょ、今日は口じゃダメ、か……?」
 言葉半ばで恥ずかしくなって顔を俯けて、それでも上目遣いで兵部の様子を窺えばほんのりと頬が赤く染まっている。
「……………………そ、」
「そ?」
「そんな言葉で僕が騙されるわけないだろ」
「――チッ」
「あぁ、でも折角だから今日は君が濡らして入れてくれよ。君のはちゃんと僕が濡らしてあげるから」
「黙れへんた――、うわっ」
 罵ろうとした言葉も遮られ、肩を突かれただけで簡単に背中がシーツに沈み込む。驚いている間もなく口を塞がれて、口の中を舐め回される。
「ん、ふっ……ぁ、やっ」
 口内を貪られつつ、シャツの中に侵入してきた手の平に胸を弄られる。今度は直に胸の突起に触れられ、電気が走ったようにそこから痺れが広がっていく。
 兵部の身体を押し返そうとする力も弱く、次第に縋るようにシャツを握り込んでしまう。縋ったまま、込み上げてくる熱を吐息に混ぜて逃がしていると、しっとりと汗ばみ始めた額に軽く音を立てて口付けられる。
「続き……、してもいいよね」
 甘く落とされた言葉にこく、と喉を鳴らして口を開いた、その時。
「みなもと」
 扉の開く音と共にやや舌足らずな眠そうな声に呼ばれ、皆本は咄嗟に目の前の身体をベッドから突き落としていた。上がった悲鳴も大きな音もこの際は無視だ。しかし後々が怖いから心の中では「すまん!」と謝って、急いでシャツを整えて葉の下に向かう。
「どうした、葉。怖い夢でも見たのか?」
 優しく声を掛けると、葉は眠そうな目でしっかりと皆本の姿を捉えてぎゅっと抱き付いてくる。その腕の強さにふっと口元を緩めると、ぽんぽんと頭を叩く。
 葉に限ったことではなく、これまで子供だけで過ごしてきた彼らは時折こうして自分達以外の温もりを求めてくることがあった。これが夢ではないのだと確信するために。もう大丈夫なのだと安心するために。
 暫く抱き締めたまま背中を撫でてやると、震えていた身体が落ち着いてくる。
「今日はここで寝るかい?」
「……ん」
「司郎や紅葉には、ちゃんと僕の所に行くって言った? 心配してるかもしれないよ」
 ふるふると横に振られる頭に諭すように言い聞かせると不安げに見つめられる。
「大丈夫。待ってるよ」
 笑んでそう言ってやると、文字通り飛び出すように葉は部屋を出ていく。
 これで問題は解決されたが、新たに浮上してしまった問題がひとつ。しかもそれは葉よりも難題だ。
「どうせ葉だけじゃなく司郎と紅葉も来るよ」
「うん、だろうね。だったら僕達が向こうに行った方がいいかな」
 皆本の使うシングルのベッドよりも、子供部屋にあるベッドが大きいのは明らかだ。なら、わざわざ小さなベッドを使う必要はない。
 だがその前に、ベッドの上に座り込んで不機嫌になっている人物の機嫌を直さなければならない。
「明日の昼に一時間」
「…………」
 それは皆本にしてみれば結構な妥協案だったのだが、兵部は気に食わないらしい。あからさまに拗ねています、というようにつん、とそっぽを向いてしまう。
(ったく、80過ぎたじじいのくせに子供のような拗ね方を……)
 と思わないでもないが口にはしない。すれば余計に臍を曲げるだけだ。
「じゃあ、二時間、は? さすがにそれ以上は厳しいぞ。僕も仕事があるんだから」
「……」
「な。京介さん。僕だって嫌じゃないんだぞ。でもやっぱり、ああいうことって何も考えずに気兼ねなくしたいだろ……?」
 ああもう、恥ずかしい。何を言わせるんだと皆本が一人憤慨していると、ぽつ、と声が返ってくる。
「……て」
「え?」
「光一からキスしろよ。そうしたら二時間で妥協してやる」
 振り向いた兵部の顔は変わらず不機嫌のようだったが、その頬が赤く見えたのは気のせいか。
 妥協か、と心内で苦笑しながらもベッドの上の子供っぽい想い人にそっと近付き、肩に手を添える。心持ち唇を突きだすように上げられた顎にも片手を添えて、ゆっくりと唇を触れ合わせる。触れてお終い、――とはならず、互いに煽らないように舌を絡め合わせる。しかしそれが難しい。既に身体の奥底には熱が燻り始めていたのだから。
 だが、近づいてくる複数の気配に唇を合わせたままどちらからともなく苦笑いを零す。
「お昼になったら迎えに行くよ」
「分かった。待ってる」
 身体を離して兵部がベッドから下りると、丁度のタイミングでドアが開けられる。その向こうにいたのは、予想に違わずそれぞれの枕をしっかりと抱き締めた子供たち。
「あれ……? 兵部さん?」
 そこに兵部が居たことが意外だったのか、三人はぱちくりと目を瞬かせる。葉まで驚いているところを見ると、どうやら先程は兵部のことに全く気付いていなかったらしい。
「皆の顔を見に来たんだよ。兵部も一緒に寝よう、って」
 苦笑を耐えながらそう言うと、見る見るうちに不思議そうだった顔が嬉しそうなそれに変わっていく。
 現金だ、と思っていると兵部もそうだったらしく、三人に歩み寄ると意地悪な笑みを浮かべてそれぞれの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「でも皆本君の隣は僕だからな」
「――ズルイ!!」
「ずるくない」
 子供相手に本気で言い合う兵部を生暖かく見つめて、皆本は適当なところで止めに入る。
 その数分後には、子供部屋のベッドで5人仲良く眠ることになる。
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