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  幸せ家族計画 07  

「へー、お前料理できるんだな」
「まぁね。桂剥きもできるんだぜ」
「……いや、確かにすごいけど今しなくていいから」
「そう? ……あ」
「ああほら、ばか。調子に乗るからだ」
「……いつもはこんな失敗しないんだよ」
「はいはい、わかったから。早く貸せ」
「あ」
「ん?」

「はぁああぁ……」
 深々と吐き出された溜息に、それまでテレビに意識を向けていた紅葉が鬱陶しそうに賢木へと視線を送る。
「近くで大きな溜息吐かないでちょうだい。気が滅入りそうになるわ」
「気が滅入りそうなのは俺なんですけどね、紅葉ちゃん。あの二人いつもあんな感じなのか?」
 くい、と賢木が顎で示す方向へとちらりと視線を流して、紅葉は僅かなりとも表情を動かすことなく頷いてみせる。
 一瞥した視線の先にはキッチンがあり、そこには皆本と珍しく兵部の姿がある。どうしてそういう流れになったのかは分からないが、どうやら今日の夕食は皆本と兵部が二人で作ってくれるらしい。いつも皆本の手伝いをしている司郎は、今日はお役御免と紅葉達と一緒にテレビを見ている。
「キッチンで、っていうのは初めてかしら。ねぇ、司郎ちゃん」
「ああ。そうだな」
 何事でもないように話す二人に賢木はまたキッチンの二人を盗み見て、ガシガシと頭を掻く。
 皆本と兵部の仲を知らないわけではないが、まさか子供達の前でも平然とカミングアウトしていたとは。それなりに付き合いのある人物の、ああしたじゃれあいというかいちゃつきを見ると居た堪れなくなってしまうのは何故だろうか。
 確かに一緒に暮らしていたのならいつかはその関係もバレていただろうが、だからと言って開き直るのもどうだろうか。
(いや、皆本の場合素であれだろうな。これだから天然ちゃんは……)
 何も知りませんという顔で平然と大胆なことをやってのける。計算かと思いきや、本当に何も知らず分からずにやっているのだから、振り回しているつもりでも振り回されている。
 そして兵部も、そんな不意打ちでやられる言動にくらりとくるのだろう。
(あれは学生服着てても立派なご老人だ。祖父と孫だ。何頬染めてんだよ、エロジジイ)
 真実を知らなければ、微笑ましいと言える光景なのだろう。兄弟かあるいは親戚か、はたまた仲の良いご近所さんか。そんな二人が、ただ怪我した相手の指を舐めてやってるだけだ。一回くらいは夢に見るかもしれない光景。でも目撃すると心がささくれ立ってくるのはどうしてか。
 全然羨ましくない。むしろ、
(勝手にやってろ、バカップル。って感じだよなぁ)
 周囲の目など気にすることもなく、完全に二人の世界とでも言う所か。せめて子供達の前でくらい自重すればいいのに。
「――あ? ……んだよ、チビ」
 じ、っと見つめてくる視線に賢木が視線を落とすと、まじまじと葉が見上げてきている。しかし何も言わずにふいと視線を外され、賢木はがっしりと葉の小さな頭を鷲掴みにする。
「おら、チビ。言いたい事があるならちゃんと言え」
「いーたーいーっ。はなせ! おれはチビじゃないっ。葉って名前があるんだ!」
「チビはチビで充分だろうが、チビ」
「チビチビ言うな! ヤブ医者!」
「てめっ。――って!」
 唐突に後頭部に容赦ない打撃を受け、一瞬目の前に星が飛ぶ。掴んでいた葉の頭も離して振り返ると、そこには皆本が仁王立ちしていた。明らかに怒っているとわかるその表情に、賢木の頬がひくりと引き攣る。
「みなもとっ」
 いつの間に移動したのか、葉が皆本の腰にぎゅっとしがみつく。そして腰に埋めていた顔をちら、と賢木に向けると、皆本に縋りついたその姿からは想像出来ないような企み顔でにたりと笑う。
(――こンのクソガキ……!)
 一発殴ってやるか、と賢木がぐっと拳を固めた所で、皆本が静かに賢木を呼ぶ。普段大人しい人間ほど怒らせると怖いものなのだ。
 賢木はひっそりと固めた拳を緩めると素直に皆本に謝る。
「いや、すまん。大人げなかった」
 楽しげに笑い顔を向けてくる葉が憎たらしい。騙されてるぞと言ってやりたいが素直に聞き入れたりはしないだろう。
 どうして自分がこんな目に、と軽く葉を睨み付けて、賢木は心中で溜息を吐く。
「――、ほら、葉。賢木も反省してるんだ。お前もごめんなさいは?」
「なんで……っ」
「ヤブ医者、なんて言ったら失礼だろ?」
 じっと諭すように皆本に見つめられて、葉は渋々と賢木と向き合う。
「…………ごめんなさい」
 ぽつり、とそれは小さな声だったが皆本は良くできましたと葉の頭を撫でる。すると不貞腐れていたような葉の頬が、仄かに赤く染まっていく。
 それを眺めて、賢木はああなるほど、と納得する。原因が分かってしまえばなんとなく親近感が沸く。
(こいつも可愛いとこあるじゃねぇか)
 楽しくなってきた心情が顔に表れていたのか、葉が皆本の目を盗んで睨み付けてくる。それにニッ、と笑みを返してやると憤慨しそうな顔に変わっていく。――なるほど。からかうと面白い。
「――そろそろご飯も出来るよ。司郎、食器並べるの手伝ってくれるか?」
「あ。私も手伝うわ、皆本さん」
「ありがとう」
 それまで我関せずとテレビに集中していた二人が皆本と共にいそいそとその場を離れていく。
 賢木と葉だけがリビングに取り残され、賢木は立ち尽くす葉に改めて視線を向ける。
「そうやってしおらしくしてっとお前も可愛いのな、葉」
「――っ!」
 意趣返しのように言ってやると、葉はカッと顔を赤らめる。そして半ズボンの裾をぎゅっと握り締めて、きつく睨み返してくる。
「うるさい、ショタコン!」
「どこで覚えてくんだよ、そんな言葉」
 呆れながらもおかしくてけらけらと笑い声を上げ、賢木はぐしゃぐしゃに葉の頭を撫でた。
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