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  幸せ家族計画 04  

「まったく。せっかくの休みだっていうのになんでこんな……」
 ぼやく兵部の視線の先にはアニメに夢中になる紅葉と葉の姿。二人よりも少し年上の司郎はキッチンで皆本と片付けの最中だ。
 今日は清々しいほどの晴天に恵まれた休日。朝から子供達の賑やかな声が絶えることはない。
「居候の分際で文句言うな。タダ飯食い」
「ひっど! 僕の給料ちゃんと皆本君の口座に入れてるだろ」
 キッチンから飛んでくる声に兵部はムキになって言葉を返す。
 兵部の上げた大声に葉から非難の声が上がったが、それは綺麗にスルーだ。
「お前みたいなのでもあれだけ給料貰えるなんて世の中絶対間違ってる」
「僕は危険な任務もこなすからね。相応の手当ては――じゃなくて」
「ん? どうした、司郎」
「って僕の話を聞け!」
「兵部うるさい」
 兵部の抗議も素気なく切り落とす皆本の意識は、既に司郎にしか向いていない。兵部ががっくりと肩を落とすとくすくすと笑い声が聞こえてくる。
 その声にテレビを見ていたはずの紅葉と葉に視線を向けると、慌てたように顔を逸らされる。もちろん、バレバレだ。
「紅葉、葉!」
「兵部さん大人げないわよ」
「うざい」
 子供たちからも素気なく言葉を返され、尚且つ葉の一言に兵部は米神をひくつかせる。葉はどこからか聞いた言葉を意味も分からず使っているだけだろうが、そんなこと兵部に関係ない。
 兵部京介。御歳80を越えた今でもその精神は少年の心を忘れてはいない。端的に言えば成長しない子供な大人。
「よっし。紅葉、葉。表に出ろ。僕が特別に全力で遊んでやる。大体、僕が子供の頃なんかは」
「ストップ、兵部。紅葉達に何を言う気だ?」
 そして大人気ない兵部の言葉を皆本が遮る。遮らなければいつまでも昔を引き合いに出して説教紛いに語りだすのだから、その前に阻止しなければならない。
 不機嫌に睨む兵部を、皆本はただ作り笑いでやり過ごす。葉がぽつりと呟いた「兵部も子供」との言葉には乾いた笑いしか零れない。
 子供たちは三人とも兵部が外見通りの少年であると思い込んでいる。これで実は80なのだと告げればどんな反応を返してくれるだろうか。
 しかし今のところは、三人がそれを理解できるようになるまでは黙っていよう、と言うのが兵部と皆本一致した意見だ。ただ兵部はその時の反応見たさのドッキリだと言う感覚が抜けないが。
 兵部はむすりと不機嫌にテーブルに頬杖をついてそっぽを向く。紅葉も葉もアニメの盛り上がりに画面に釘づけだ。
 それを尻目に皆本と司郎は片付けを再開させる。
「司郎。さっきの続きだけどな」
 へそを曲げながらも、兵部の意識は皆本へとしっかりと向けられている。
 盗み聞きをしないなどという概念はどこにもない。
「兵部は仕事をして働いてお金を貰ってるんだ。司郎はまだ働いていないだろう?」
 どうやら司郎は皆本と兵部の話を聞いて、自分達の生活費を気にしているらしい。
 子供のくせにしっかりしているというか、将来は気苦労が減らないに違いない。自立心を持ち始めれば、皆本の負担を減らすために家を出るというかもしれない。
「でも、兵部さんは特務エスパーとして働いていて、俺もいつかはそうなるんだろ?」
 ならばそれは今ではダメなのかと、司郎の目は訴えかけてきている。
 皆本は吐息するように息を吐きだして、司郎と視線を合わせるために膝をつく。そっと髪を根元からかきあげるように頭を撫でると、司郎は小さく身体を揺らす。
「ありがとう。でもね、働くことは大人になってから嫌でもしなくちゃいけない。だけど今しか出来ないこともたくさんあるんだ。そういう時期を、僕は無駄にしてほしくない」
「今しか出来ないこと……?」
「そう。たとえば学校に通って友達を作るとか、紅葉達といっぱい遊ぶとか」
 皆本の言葉に、司郎は俯いて考えだす。そうやって先のことを考えるのは司郎にしてみればまだ少し難しいのかもしれない。
 焦る必要はないのだと告げようとして、司郎の頭に乗せられた白い手に気付いた。
 それは司郎も同じようで、驚くように兵部を見つめている。
「仕方ないからまだ皆本君を貸しててやるよ。君達の面倒は僕がしっかり見てやるから焦らずに大人になりな」
「……兵部さんだっていくつも歳が離れてるわけじゃないくせに」
 兵部に子供扱いされることが嫌なのか言い返す司郎に、兵部は皆本と顔を見合わせて苦笑する。
 それにますます不機嫌になる司郎の頭を撫でて、兵部は満面に楽しげな笑みを浮かべる。
「よし。じゃあ今日は家族で出掛けよう。ねぇ、皆本君。サンドイッチ作って?」
「は……? それは別に構わないが……、どこに行く気だ?」
 唐突な話題転換に皆本は目を丸くして兵部を見つめる。突拍子のない兵部の行動には慣れたつもりでいても、まだまだついていけない。
「ピクニックさ。そこなら全力で超能力を使っても被害は何もないだろう?」
「って、司郎達を鍛えるつもりか?」
 半信半疑の皆本に兵部は躊躇なく頷く。
「あんまり使っていないとたまに暴走したりするんだよ。だから適度に使わないとだめなんだ」
 と言われても皆本は超能力者ではないからわからないし、そんな報告は聞いたことがない。
 しかしいつのまにか盗み聞きをしていたらしい紅葉と葉が行く気満々の表情をしているのを見ればダメだと言える雰囲気でもない。司郎も皆本が頷くのを待っているかのような表情を見せており、皆本はふと溜息を吐く。
「わかった。ただし、兵部はこれから買い出しにいくからそれの荷物持ち、三人もサンドイッチとおにぎりは一緒に作ること。いいな?」
 皆本のその案に、4人は声を揃えて良い子の返事を返した。


「ちょ、こら葉! それ僕が食べようと思ってたサンドイッチだぞ!」
「はやいものがちだもん……あ!」
「ふんっ。この僕を出し抜こうなんて百年早いね」
「皆本ー、兵部がいじめるー!」
「おい兵部! 子供相手になにムキになってるんだ」
「いったっ。だって皆本君、こいつが……!」

「兵部さんって本当大人げないわね」
「まったくだ」
「紅葉! 司郎! ちゃんと聞こえてるからな!」
「兵部! だから子供達に当たるんじゃないっ」

「――ったく。こいつらは……」
 昼食時、あんなに賑やかに騒いでいた子供達も、お腹も膨れて遊びまわれば眠気が襲ってきたのか、ぐっすりと眠り込んでいる。騒ぎの中心であった子供達が眠れば、辺りは急にしんと静かになる。
 その傍らで片付けをしながら、皆本は眠る三人に向かって穏やかな眼差しを向け続ける兵部へと視線を移す。その眼差しは慈愛に溢れ、先程とは別人のようにも見える。
「あんまり喧嘩するなよ、兵部」
「いいんだよ。もっと自己主張をさせた方がいい。まだまだ僕達に遠慮してるような所もあるからね。ま、葉は喋りすぎだけど」
「とかいって大抵考えなしで相手してるだろ」
 その返しに兵部はむっと顔を顰めて皆本を見る。
「僕は何事にも全力投球なだけだ」
「はいはい」
 言い分も素気無くあしらわれて、兵部はますます不機嫌に顔を顰める。立てた片膝を腕で抱え込んで、兵部は顔だけを皆本に向ける。
「だって折角皆本君といちゃいちゃしてたのにいきなり子供が三人も出来たんだよ? 皆本君はこいつらに構ってばっかりで全然僕に構ってくれないし」
「だから今こうやって構ってるじゃないか。ほら、紅茶飲むだろ?」
 差し出されたカップをじっと見つめて、兵部は膝を抱え込んだ腕を解いて手を伸ばす。そしていそいそと皆本ににじり寄ると、肩に凭れるように背中を預ける。
「ほんと、君には勝てる気がしないね」
「それは僕も同じだよ。でも」
「うん。悪い気はしないな」
「だろ?」
 顔を見合わせて、皆本と兵部はくすくすと笑い合う。
 たとえそれが一時的な擬似家族であったとしても。悪い気は、しない。
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