戻る | 目次 | 進む

  幸せ家族計画 03  

「本当に三人とも寝てるときは可愛いね」
 大きなサイズのベッドに並ぶ小さな三つの山。一番小さな葉を真ん中にして、両脇には紅葉と司郎が健やかに眠っている。
 その様子を小さく開けたドアの隙間から覗き込んで、兵部はしみじみと呟く。皆本と共にリビングに戻ってくるとぼすん、とソファに座り込む。仕事で疲れた後に彼らの寝顔を見ると、疲れも癒されたような気分になる。
 きっちりとしめた学生服の釦を緩めながら息を吐き出す兵部に小さく苦笑しながら皆本もその隣に座り、テレビをつける。音量を低く下げてニュース番組へとチャンネルを合わせてから、一息吐く。
「うん。けど、いつ司郎か紅葉が一緒に寝るの嫌だって言い出すのか、僕は心配だよ」
「へぇ。もう思春期に入るかい?」
「紅葉はまだかもしれないけど、司郎がね。異性を意識しだしてもおかしくはないだろう?」
 それまでずっと支え合って過ごしてきてそこに性別の壁などなにもなかっただろうが、今は周囲を見る余裕も生まれ始めてきているだろう。
 相変わらず紅葉は姉として葉の面倒を見ているし司郎もそんな二人の兄としてしっかりしなくちゃと頑張っているようだが、そろそろ背伸びし過ぎずに暮らせるはずだ。
「ここも今はどうにか三人が過ごせる広さだけど、大きくなってくると引っ越した方がいいかもなぁ。紅葉には別に部屋も作ってあげたいし」
「皆本君のベッドも大きいのに買い換えようよ」
 唐突な兵部の申し出に、皆本は怪訝に首を傾げる。
「僕は今ので充分だぞ?」
「僕達二人で寝るにはもうちょっと大きいの欲しいって思わない?」
「っ」
 身体を皆本へと傾けながら囁かれて、思わず身体を仰け反らせる。ぼんっ、と一気に顔を赤らめて、皆本は迫ってくる兵部と距離を作る。
「い、いやいやいや、ちょっと待て」
「それにさ。子供達にはやっぱり両親揃ってたほうがいいと思うんだよね」
 後退りを続ける皆本の身体はついにソファの端にまで辿り着き、迫り来る兵部に太腿に手を掛けられる。ぐっと身体を伸ばして顔を近付けられて、間近に迫る兵部に皆本はふいと顔を背ける。
 だがそんな事をしても、背けた顔を捕まえられて直ぐに正面に戻される。
「ね、皆本君はどう思う?」
「……ど、うもこうもあるか。大体、どっちがどっちのつもりだ」
 赤い顔のまま意地になって皆本が睨み付けると、兵部は更に顔を綻ばせて笑みを浮かべる。
「もちろん、君がママで僕がパパ」
「……パパ、って歳じゃないだろ、若作りジジイ」
「結構幸せな家庭が築けると思うんだけど」
「幸せなのはお前の頭の中だけだ」
「それに折角だったらさ、マンションよりも一戸建ての方がいいと思わないかい? この前いい物件見つけたんだよ」
「断る」
「ひっどいなぁ」
「酷いのはお前のその思考回路だ。耄碌したか」
 打てば響くようなリズムで会話が続く。しかしそれを兵部が溜息一つで終わらせる。その仕方が無いと言いたげな態度に皆本は自分こそが溜息を吐きたいと、離れていく兵部を憮然と見つめる。
 そして皆本も身体を起こした瞬間に、ぐい、と容赦ない力で胸倉を掴まれた。
「――っ」
「坊やもいい加減逃げてばかりは止めて認めたらどうだい?」
 予想外に真剣な兵部の眼差しに、皆本は双眸を揺れ動かす。その動揺を見て取って兵部は鼻を鳴らす。
「僕のこと好きなんだろう?」
「ち、がう……っ」
「ウソツキ」
 まるで睦言を囁くかのように耳元に言葉を落とされ、無意識に身体が震える。そのまま耳朶をねっとりと舐め上げられて、思わず兵部にしがみ付く。
 くすり、と笑う吐息にぞくりと肌が粟立つ。
「離れ、ろ」
「いやだね。坊やが素直になるまでは離さないよ」
「兵部っ」
 しがみ付いた手で兵部の身体を押し退けようとしても、手にまったく力が入らない。それどころか抱き込むように背中に腕を回されて、その力強さに恍惚と息が漏れる。
 違うのだとどんなに否定しようとしても、身体に裏切られる。
「……僕達、男、だろう?」
「海外では同性婚も認められてるらしいよ」
「司郎達は、どうす……っ」
「今は君の感情しか必要ない」
 息も詰まるほどに腕に力を籠められて、言葉が消える。
 兵部との関係はもうずっと続いていた。男同士であることも、司郎達のことも本当は関係ない。ただの言い訳だ。
 なにが変わるということでもないだろう。すでにやることはやっているのだ。ただそれを、皆本が認めていないだけ。厭きられてもいいのに、兵部はずっと皆本のことを待っていてくれた。
「……お前は、僕でいいのかよ」
「皆本君がいい。皆本君じゃなきゃいらないよ」
 そっと腕の力を緩められて、見詰め合う。赤く染まる顔が恥かしくて俯くと、囁くような笑い声が届けられる。
 押し退ける為に胸に置いていた手を背中にゆっくりと回すと、皆本はぎゅっとその身体を抱き締める。
「……好き、だよ。京介」
「漸く素直になったね。僕の可愛い坊や」
 ちゅ、と埋めた頭に口付けられて皆本は抱き締める腕の力を強める。同じような力で抱き締められて、ゆっくりと身体を横たえさせられる。
 少し硬いソファに背中を預けさせられて、皆本は近付いてくる唇を受け止める。
 一度、二度、と啄ばむように口付けられてゆっくりと深くなる。
「――ん、んンっ、……ふ、ぅ、ん」
 水音を立てながら舌を絡ませ、唾液を交換し合う。弄り合うように互いの身体を撫でて、しかし兵部の手が下肢に触れると皆本はその手に自分の指を絡めて止めさせる。
 顔を離して不満そうに見下ろしてくる兵部に、小さく笑う。
「ここじゃなくて……、さ」
「ああ、そうだね」
 愛し合うのであれば、もっと広い所でゆっくりじっくりと。
 皆本の意図を酌んだように兵部も笑みを浮かべて起き上がる。
 折角点けたテレビも結局は見ずに電源を落として、リビングの明かりも消す。
 夫婦の時間は、子供達も寝静まった深夜から――
戻る | 目次 | 進む

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system