少年が求めたものはただ唯一の居場所

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  理想郷 05  

 ずる、と抜け出ていく感覚はいつまで経っても慣れはしないのか、息を詰める気配が伝わってくる。そうして自身を抜き去ると、ほっと安堵する呼吸。
 思わず小さく笑いを零すと、ぼんやりとした目が見上げてくる。その火照った頬に、口付ける。ただそれだけでも、敏感なままの身体は身悶える。見つめ合う視線が恥ずかしいのか、更に顔を赤く染めて皆本はふいと顔を背けた。
「大丈夫かい?」
「……な、わけない」
 体力気力を根こそぎ奪われた後では、吐き出される悪態にも覇気が無い。
 ぐったりとベッドに身を沈める皆本に兵部はゆったりとその頭を撫でる。疲れきったように息を吐くその姿からは、行為の後と言うこともあってかただならぬ色香を感じる。
 こうして濃密な空間の中でゆったりと時を過ごしていると、それまで夢中だった自分を振り返って苦笑が零れる。煽り煽られ循環する熱は止め処ない。どこまでいってもきっと満足する事はない欲求。
「ほら、光一。このまま寝る気かい?」
「ぅー……」
「気持ち悪いって後で文句を言うのは君だろう?」
 兵部は汗は掻きさえすれど吐き出す側だ。一方皆本はどちらかといえば受け止める側であり、ベタベタと身体に付着する汗やら体液やらを疲れ果てた後に処理するのが億劫なのだ。
 そのまま眠りに就きたいのだけれど、それらが乾燥してしまうと不快で仕方ない。本当は湿ったシーツよりもまっさらなものの方がいいのだがそこまでの贅沢は言わない。
 このまま本当に寝入ってしまいそうな雰囲気の皆本に、兵部は苦笑を隠しきれない。しかし、それも仕方の無い事かもしれないが。
 元々、眠いと断っていた皆本を兵部が強引にその気にさせたのだから。
「しょうがないな」
 格好だけそう呟いて、兵部はぐったりとした皆本の身体を抱き締める。ぴく、とまだ余韻を引き摺っているのか、皆本の身体が震えて吐息と共に弛緩していく。
 愛しい愛しい子供。どうしてこんなにも愛しく思ってしまうのだろう。
 最初は。最初はただ自分と同じ境遇に遭った皆本に哀しみ、普通人を憎んでいただけなのに。いつの間にか愛していた。置いていく事を分かっていながら、それでも自分の気持ちも皆本の気持ちも受け入れた。
 好きだよと、囁いても足りない。愛してると刻んでも、その身に己を穿っても溢れ出す。日々肥大し成長し、この想いはどこまで行くのだろうか。
「……京介さん」
「なに?」
 抱き込んだ身体から、くぐもった声が聞こえてくる。まだ寝ていたわけではないようだが、その声は眠たそうだ。振り向く事無く背を向けたまま、それ以上何も皆本は言おうとはしない。
 あれ、と首を傾げて顔を覗こうと身体を起こそうとして、兵部は中途半端な体勢で固まってしまう。
「……当たってるんだけど」
 不機嫌そうな声で呟かれた台詞。首を傾げようとして兵部は苦笑する。
「そりゃ僕も若いから」
「見かけだけだろ、若作りジジイ。っていうか、まだ足りないの……」
「抱き殺してしまいたいくらいに光一が好きだからね」
 実際にそうすることはないだろうが、それほどに想いは溢れている。
 持ち上げた頭を枕に沈めてぎゅうと子供の身体を抱き締めれば、離せとばかりに暴れだす。初々しいなどと思っていても口には出せない。出せば本格的にこの子供は臍を曲げてしまうだろう。
 それなのに腕の力を緩めてやっても、自分からは離れていかない。だからと言って兵部から離れれば、寂しいと言外に告げてくるのだ。難儀だと思ってもそれも愛しいと思えてしまう。
「大丈夫。安心しておやすみ。こうしてるだけだから」
「……」
 無理強いしてまで己の欲望を満たす必要は無い。
 緩く抱き締める腕に、そっと皆本の手が触れてくる。そうやって皆本から触れてくれるだけで満たされるものもある。だから、今日はこのまま眠ってしまおうと兵部も意識を沈めようとした矢先に。
 指先に触れる生暖かいもの。それはゆっくりと指を這い、包み込んでいく。
「こう、いち……?」
 驚きに詰まった声に返る応えはない。
 丹念に指を舐めしゃぶっては、時折歯を立てられる。隙間から漏れ出るような、籠った吐息に熱が煽られる。それを皆本も感じたのか、期待を含んだような緊張が伝わってくる。
 孕む熱を逃がすように内股を擦り合わせるように身を捩っては、下肢に触れる兵部の熱に怯える。ふと思い立った悪戯心にその熱で擦り上げると、耐え切れなくなったかのように声が迸る。
「いいのかい? 光一」
「しかた、ないだろ……っ」
 据え膳喰わぬは男の恥。元より、断るつもりも更々無いが。
 兵部は更に下肢を密着させて、皆本に玩具にされていた指で口内を掻き回す。堪えるように身体を丸めようとする皆本を押し留めて、赤く染まった耳に囁きを落とす。
「この指をどうして欲しい?」
「んぁ…っ、ふ……」
 舌に愛撫を乗せていた指を抜き去り、唾液に塗れたそれを皆本の眼前に映す。顔を背けようとしても、後ろから抱き込む兵部が意地悪に追いかける。
「ぁ……、もっ、――京介さんの好きにすればいいだろっ」
 その言葉に笑みを浮かべて、兵部は皆本の身体をうつ伏せにさせると震える尻たぶを撫で、その奥に指を差し込んだ。受け入れたばかりのそこは柔らかく解れ、微かな水音を立てる。先程まで指以上のものがあったのだからと付け根までを一気に沈めると、皆本の身体が強張りを見せた。
 音を立てながら抜き差しを繰り返しつつ、かき上げたうなじに口付ける。しっとりと汗ばんだ身体は既に貪っていたに関わらず、また貪欲に求めてしまいそうになる。
 それを理性で押し留めて、余り負担をかけてしまわぬように焦らす事無く自身を呑み込ませる。
「大丈夫かい? 光一」
「ん、あっ…、へ、き。……京介さん」
「なんだい?」
「……すき、だよ。京介さんになら、抱き殺されてもい……っ、あ、やっ、――っっ」
 急に更に内部を圧迫されて、皆本は声を詰まらせシーツにしがみつき悶える。意識を奪われたかのように固まっていた兵部もぐいぐいと誘い込むような蠢動に我に返り、震える身体を愛しく見つめる。
 あやすように頭を撫でれば、つられるように皆本が振り返る。熱に浮かされたように潤んだ瞳に微笑んで、唇を重ね合わせる。
 皆本は許可してくれたけれど、この甘さを味わえなくなることはしたくない。
「動くよ」
「ぅんっ、…ん、あっ、ああ…ッ」
 律動に耐え切れず、シーツをきつく握り締めて皆本が射精を果たす。しかし、その身を支配する兵部はまだだ。
 過敏になった身体を攻め立てて、きついほどに皆本の身体を抱き締めその中へと止め処ない欲を注ぎ込む。
 熱い奔流に息を詰め、それでも自分だけに与えられた特権だと皆本の頬が自然と緩む。
 ぐったりと、今度こそ指一本動かせないかもしれない。
 そんな皆本を兵部は甲斐甲斐しく身体を拭き清める。そして今度は正面から、皆本の身体を抱き締めた。
「おやすみ、光一」
 うつらうつらとどうにか現に留まっていた皆本の意識がすう、と眠りに落ちていく。それを見つめながら兵部もまた瞼を伏せた。
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