少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

戻る | 目次 | 進む

  愚か者の見た夢 13  

 通告されたタイムリミットに気持ちが焦りながらも皆本はただ指を動かし続けていた。刻一刻と迫る時間にその指を休ませている暇はなかった。
 さすがというべきか、組み込まれたプログラムはそう簡単に解けやしない。解読していくたびにこれは罠ではないのかと余裕が奪われていく。だがどちらにせよやらなければならないのだ。プログラムを解かない限り、子供達は片手を失うか此処で死ぬ。そんなことさせるわけにはいかない。
 爆破のプログラムは、リミッターから発信される信号をこの施設に備えられた受信機が感知し続けることによって保たれている。その範囲は建物の内部のみ。一歩でも建物を出れば信号が受信されずにリミッターは爆破する。
 研究員達が行う実験も全てこの建物内部で行われ、リミッターが解除されることはあっても外されることはない。それは実験の最中に超能力者達が脱走しない為であり、歯向かわせない為でもある。
 そしてリミッターに備え付けられたプログラムは全てが同じじゃない。どれも僅かに解読キーが違う。そのひとつでも間違って爆破させてしまえば片手はなくなるし、連動して他のリミッターも爆発を開始する。
「――後もう少しっ」
 爆破の間隔は一分。もう幾つ爆発したのかわからないが、だんだんと揺れが大きくなっていくのが分かる。その度に、指がぶれキーを押し間違えそうになる。爆弾は電力装置の傍には仕掛けられていないのか電力の供給がストップしないのは助かるが、それもいつまで持つか分からない。
「残り3分だぜ? 終わるのか」
「終わらせる。何としてでも、だ! ――78、82クリア」
 プログラムの解除が終わると、皆本はその番号をマイク越しに叫ぶ。するとスピーカーからその音を拾って、2人の超能力者が部屋から飛び出していく。
 最初は本当に賭けのようなものだった。だが実際に超能力者達に嵌められたリミッターで試すわけにもいかず、皆本は予め彼らにつけられている物と同じ物を盗み出していた。そして解除を試みたそのリミッターを窓の外へと投げ飛ばし、それは爆破することなく茂みの中に消えていった。
 後は急いで順に今度は超能力者達に嵌められたリミッターの解除を急ぎ、解除した者からパンドラの用意した船へと脱出を急いだ。人質にされていた少女もすぐにプログラムは解除され、今頃は船の上に居るはずだ。
 今この建物の中に居るのはパンドラの数名の超能力者と、捕らわれていた人達、それに皆本だけだ。葉は依然として、皆本の傍にいる。
「……103クリア。これで全員か?」
 マイク越しに問い掛けるとカメラに向かって頷きが返される。映るモニターにも、どこにも捕らわれていた超能力者達の姿はない。
 漸く終わった、と皆本が息を吐きかけた瞬間に、足元が揺れる。今までよりも大きな揺れ。先程葉が残り3分と言っていたからもうすぐ傍まで迫っているのだろう。
 ふらついた身体をどうにか支えると、背中に硬い物が押し付けられる。
「これでもうあんたが生きてる必要なんてないよな」
 捕らわれていた超能力者はもう居ない。爆破プログラムを解除し自由に歩き回れるようになった今、彼らに付けられていたリミッターはただのリミッターだ。後は簡単に外すことができる。
 皆本は先程吐き出せなかった息をゆっくりと吐き出す。
「僕が死ねば、君はそれで満足かい?」
「ああ満足だよ。気に入らない。なんでボスはあんたみたいな普通人のことを気にするんだ」
「それは兵部自身に聞いてくれ。僕には何も答えられない」
 そう、どうして、兵部は自分のことを気にするようになったのだろう。敵同士だったのに。兵部にとっては憎い人間のはずだったのに。
 でもそれでも、好き合ってしまった。それは一体、どうしてだろうか。そもそも、どうして皆本もまた、兵部のことを好きになってしまったのだろうか。
 皆本は兵部のことを憎んでいるわけではない。けれど、兵部は犯罪者であり、近い未来に普通人と超能力者の対立を生み出すとされている人間。兵部がそれを望んでいることは事実であるし、捕らえなければならない人間だ。
 過去のこと未来のこと。今ではないことを言ったとしても過去は変わらないし、未来は導かれる。定められた未来などありはしない。けれど歩み寄ることの出来ない両者が交わることも出来ないのなら、どの道いつかの未来に反発し合うだろう。
 それは予知された未来であるのかもしれないし、また別の未来なのかもしれない。
「どうして――なんて愚問なんだろうけど。僕は君達が嫌いじゃない。君達は此処に居て良い人間だ」
「偽善だ、そんなの。普通人は平気で嘘を吐く」
「吐く人間も居れば吐かない人間も居る。それは超能力者も同じだろう? 変わらないんだよ。同じ人間だ。普通人も超能力者も」
 相対する物は必ず対で存在する。どちらが片方しか存在しないなんてことは無い。
 善があれば悪がある。
 表があれば裏がある。
 光があれば影がある。
 それは誰が定めたのかも分からない理。覆されることはない。
 だから世の中はバランスが取れている。釣り合いが生まれる。
 しかし力を持つ者と持たない者――普通人と超能力者という存在。人類が同時代に多種類存在してしまった場合、それは血の運命と言うべきか淘汰の本能が蘇る。いくらそれが流れる血の本能だとは言え、その血と抗うことなく受け入れるのは正しいことなのか。
「だから、何? 普通人と争うのを止めろって? 俺達が悪いって?」
「違う。そうは言っていない。普通人と超能力者の確執は、そう簡単に消えやしないだろう。でも、決して解り合えないわけじゃないと、僕は思ってる」
 結局こうして普通人と超能力者が争ってしまうのは、互いに弱い心を秘めているからだ。その弱い心を護る為に、人々は争い詰り合う。流される噂話やただ一部の情報を真に受けてそれこそが真実、そうあるものなのだと誤解し、拒絶する。
 誤解は誤解しか生まず、また憎しみは憎しみしか生み出さない。決して切れることはない負の連鎖。
 ではその連鎖をどこで断ち切ればいいのか。どうやって修復していけばいいのか。深く刻み込まれた溝はそう簡単に埋まらない。その場凌ぎのやり方では何も変わらない。
「…………やっぱり嫌いだよ、あんた」
 聞こえた小さな呟き。背中に押し当てられていた銃口が離れた瞬間に、皆本は足払いを掛けられ床に倒れ込む。仰向きに倒れたその上体を踏み付けられ、肺を圧迫させられる。そして眼前に突き付けられる黒光りした銃口。
 引き鉄に掛けられた人差し指。少しでもその指に力を籠めれば、コンマ何秒の世界で皆本の頭蓋に穴が開く。だが皆本の表情には、恐怖も焦燥も見えない。
「例えあんたが何を考えているのだとしても、普通人の考えは変わりはしない。俺達の考えも、だ。普通人と超能力者は所詮相容れない、争う仲だ。……でも俺は、あのガキ共を認めてるわけでもない」
「……チルドレンのこと、か?」
 超能力者達の救世主と呼ばれる存在。皆本にとって愛しい子供達。大切な、仲間。
「俺はあいつらに救いを求めてない。ボスがあのガキ共に入れ込んでるから俺はそれに従ってるだけだ。他人に救いなんか求めない! ――普通人の下で呑気に過ごすあんなガキなんかに……!」
 葉はギリ、と奥歯を噛み締めると銃口を下げ、下ろした足で皆本の身体を蹴りつける。
「っぁぐ!」
 腹部を蹴りつけられ、息が詰まる。
 蹲るように蹴られた腹部を押さえていると、冷たく、葉は見下ろしてくる。
「ボスがお前を認めようと俺は認めない」
「……いい、さ。それで……」
 咳き込みながら言葉を返す皆本に、葉は眉を跳ね上げさせる。
 ふらつきながら立ち上がり、皆本は真っ直ぐに葉を見据えた。
「それでも僕は、君達超能力者を信じている。勿論、普通人も。いつかきっと、笑って過ごせる日が来る」
「ふん。綺麗事は聞き飽きた」
 嘲るように葉は告げ、皆本の脳に直接振動波を与える。
 苦悶に顔が歪み崩れ落ちる身体に、葉はただ無感動に視線を送るだけだった。
「ぐ、ぁ、ああ……っ!」
「壊すのは簡単に出来るんだけどさ、そうしたらボスに怒られるだろうし」
 きっと脳に送られてくる刺激に葉の声など聞こえてはいないのだろう。それでも葉は殊更ゆっくりと噛んで含めるように言葉を紡ぐ。
 楽しげに釣り上げられた唇で、無邪気に残酷に。
「でも、俺まだこういう器用なことって上手く出来ないんだよ。だから――、壊したら、ごめんね?」
「ッ、ぐぁあああぁぁ――ッ!!」
 葉はくすりと、笑みを零す。頭を抱え蹲る皆本の身体を足で転がして仰向かせると、ぐっと腹部を踏みつける。
 びくん、と跳ねる身体。苦しげに喘ぎを繰り返すだらしなく開いた口からは飲み下すことの出来ない唾液が溢れ出す。溢れる涙は皆本の髪を肌に張り付かせる。
 そして朦朧と薄れ掛ける意識の中で、皆本は第三者の声を聞く。
「テメェその辺でいい加減にしとけよ」
 怒気を含んだ低い声。葉が緩慢に振り向くとそこには睨み付けてくる闖入者の姿がある。皆本へと向けていた振動波を消して、その男と向かい合う。
 賢木はぐったりと床に伏した皆本の身体を一瞥して、葉を睨み付ける。
「そいつは確かに正しいことしか出来ねぇ馬鹿だが、その辺の普通人とは違う」
「なに?」
「こいつにとっちゃ普通人も超能力者も関係ねぇ。ただの同じ人間なんだ」
「聞き飽きたよ、その台詞も」
 呆れたように呟いて、葉はふわりと浮き上がる。賢木が構える姿勢を取ったがそれをただ一瞥するだけで葉は振動波を放ち窓を破る。
 飛び散る破片に賢木が意識を逸らす隙に、外へと移動する。
「俺の用事は終わりだし、あんたの相手してられる程暇じゃないんだよ。じゃあね、ヤブ医者さん」
「てっめ……っ、俺はヤブじゃねぇ! 降りて来やがれ、このクソガキ!」
 そう叫ぶが、既に葉の姿は空から消え失せている。
 賢木は苛立たしげに舌を鳴らして、床にうつ伏せる皆本へと駆け寄る。直ぐに皆本の頭に手を置いて脳の損傷を調べる。微細なダメージが見受けられるが、暫く安静にしていれば大丈夫だろう。しかしもしもう少し賢木が来るのが遅れていれば。そう考えると肝が冷える。
 対峙した時間は僅かしかなくとも、葉の殺気立った雰囲気は本気だったと分かる。
「おい、皆本。起きれるか」
「……ぅっ、っ、さ、かき……?」
「ああ。一体なにがどうなっちまってるんだよ。どうして此処に奴らがいるんだ?」
 賢木に身体を支えられて、皆本はゆっくりと立ち上がる。
 だが頭を押さえてふらつく姿を見つめながら賢木は「いや」と緩く首を振って、皆本を連れて部屋を出る。とりあえず今は、そのことを問答している場合ではない。
「島に、爆弾が仕掛けられてる」
「ああ知ってる。それで俺達が此処に来れたんだ。チルドレンへの出動命令が下った」
「……今、あいつらは?」
「爆弾の除去を命じてる。でっかい花火が幾つも上がってるぜ」
「そう、か……」
 だから、いつまで経っても爆発の震動が襲って来なかったのか。
 建物の外に出ると、確かに空高く大きな爆発が上がり粉々になった破片が降り注いでくる。
「お前の仕事は終わりか?」
「ああ。終わったよ」
「そっか」
 ふっと息を吐き出す皆本を横目に見て、賢木は静かに口を開く。
「此処と関わりのあった政府の人間共が全員捕まった」
「…………捕まった?」
 一体どういうことかと、怪訝に賢木を見返す。
「どういうわけか全員が、押さえられた。普通の人々との関わりもあったらしくてこれで幾つかの地区も壊滅するらしい。……ま、高が知れてるだろうけどな」
「じゃあ、此処のことも……」
「ああ。表沙汰にはならないだろうけどな。なったら余計に溝を深めるだけだ。でもそのことに関してはこっちで色々処分出来るように今局長が掛け合ってる。此処で働いてた研究員達もこっちで身柄を拘束して、処分を下すんだそうだ。ただ」
「ただ?」
「……男が1人、自殺してた。研究データもコンピュータから破壊されてたらしい」
 自殺、との言葉に皆本は息を呑む。その男はきっと、碓氷のことだろう。あの男は、自殺してしまったのか。
 データの破損は恐らく兵部達の仕業だ。そう言えば兵部達はもう島を脱出したのだろうか。姿は全く見ていない。けれど少なくとも今は、会わない方がいいのかもしれない。
「皆本――!!」
 頭上から聞こえてくる声に、皆本は空を仰ぎ見る。空高くから急下降してくる三人の少女達。随分長い間見ていなかった、久し振りに見るその姿に、自然と皆本の口元は綻ぶ。
「薫! 葵! 紫穂!」
 これで、長かった1週間が終わる。
戻る | 目次 | 進む

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system