少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者の見た夢 12  

 迷うことなく階段を駆け上がり、皆本と葉の二人は最上階の制御室を目指す。この建物内にも至る所に監視カメラとECMを設置されている。侵入者があることを想定していなかったのか、それとも此処に至るその前に排除できると考えていたのか、罠はどこにも仕掛けられていない。だからただ上を目指すだけでいい。
 途中、子供達が収容されている部屋のことが気になったが、そちらにも直ぐに紅葉達が向かうはずだ。迷いを消して、皆本は階段を登りきるとそっと壁に身を潜める。数歩下がった位置に、葉も立ち止まる。
 この先廊下を進んだ所には制御室のみがある。警備員が居るとしたら3人。けれど子供達の監視にも向かっているだろうから、1人か2人と考えていいはずだ。残りの銃弾も先程入り口で倒した男達から拝借してきたから余裕はある。けれど、中に入ってそれをメインコンピュータに一発でも当ててしまえば……。
 出来るならば撃ちたくはない。だが、相手が手段を選ばないようであれば、止むを得ないかもしれない。
 そっと、身を潜めたまま様子を窺って、皆本は鋭く舌を鳴らす。
 壁に背を預けて、ぐっと込み上げてくるものを耐える。
「どうしたよ?」
「……やられた」
 入り口には男が2人。それは計算内だ。けれど、計算外な事もあった。その男達に捕らわれた、少女の姿。恐らく皆本達の狙いを悟り人質として連れてきたのだろう。どこまでも、卑劣な遣り方だ。
 それを葉にも伝えると一気に殺気立つ。今にも飛び出していきそうな雰囲気を半身に感じながら、何が最善であるかを考える。少女の身柄を確保し、同時に男達も拘束する。
 部屋の外に出て来ているのは、幸いだ。
「いつまでこそこそと隠れているつもりだ、鼠が」
 廊下に響く声を、皆本はただ聞き流す。この挑発に乗って無闇に姿を見せるのは愚策を弄するだけだ。しかしだからといっていつまでも身を潜めていると、人質に捕られた少女になにをされるのか分からない。
 皆本は右手に握り締めていた銃を左手に持ち返ると、スーツの左胸に手を入れる。監視カメラの作動範囲はこの建物内だけだ。あの渡り廊下にも設置されているが、それは隣の研究施設のみに繋がれている。
「早く出てこないとこいつの命がどうなるかわからんぞ」
 再び廊下に響く声に、皆本はふと息を吐く。
「芸のない台詞だな」
 小さく呟いて、葉へと視線を向ける。途端に眉を跳ね上げさせる様子に軽く肩を竦めて見せて、皆本は左手に持っていた銃を手渡した。
 それを受け取りながらも、葉は訝しげに皆本を見つめる。
「俺に渡していいのかよ?」
「銃の使い方は分かるんだな」
 一瞥する限りでは葉は武器らしいものは持っていない。葉の問い掛けはあえて無視して、皆本は質問を返す。それは質問というよりも、確認というのに近かったが。
 馬鹿にしたように見返してくる葉に皆本は頷いて、声を潜めて話し出す。
「僕が人質にされている子供を助けたらそれで男達を撃ってくれ。但し、殺すなよ。狙っていい場所は急所を外した所だ。僅かでも動きを封じてくれたらそれでいい」
「はぁ? 俺がこれで、アンタを撃つとは考えないのかよ?」
 そう言って葉は安全装置を外して銃口を皆本に向けてくる。冗談など微塵も感じられない、本気の眼差しだ。言葉通りに葉は皆本が少しでもおかしな行動を取れば迷わず銃を向けてくるだろうし、殺すことすら厭わないだろう。
 目的を達成する為の多少の犠牲――。
 だが皆本は殺意を向けられても気負うようなことも怯えるような素振りも見せずに、ただ、微笑んだ。ぴくりと葉の表情が動く。
「でも僕は君を信じているよ」
 それだけを言って、皆本は両手を挙げて男達の前に姿を現す。
 男は2人共に銃を持っており、うち1人がその銃口を少女へと突き立てている。皆本が現れれば、直ぐにそのもう一方の男が銃口を皆本に向けてくる。
「お前1人か?」
「そうだ。一緒だった奴とは途中で別れた」
 冷静に受け答えする皆本に、男達は顔を見合わせる。その2人の顔に皆本は見覚えがあった。ただ一度だけこの施設に足を踏み入れた時に見掛けた顔だ。そしてそれは男達も同じだったらしい。
 皆本の言った言葉ははったりでしかなかったが、どうやら最後まで監視カメラを見ていたわけでもないらしい。警備員としてはまだまだ甘い。しかしそれはこちらにとっては好都合だ。
「銃をこちらに寄越してもらおうか、研修員」
「まさかこんなことを仕出かすなんてな。よくこれまで騙してくれたものだ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 皆本はそう告げて、銃を男達へと滑らせる。丸腰になった皆本にそれでも変わらず銃を向けたまま、足元に滑ってきた銃を拾い上げる。
 拾い上げた銃を確かめて、愉しげに笑みを浮かべる。
「手癖も悪いみたいだな」
「丸腰だからちょっと借りただけさ」
「そのままゆっくりとこっちに来て貰おうか。ちょっとでも下手な動きをすれば脳天に穴が開くぜ」
 皆本はほんの一瞬、階段に立ち尽くす葉に視線を送ってゆっくりと歩き出す。一歩一歩と廊下に足音が響き、男達との距離も縮まっていく。
 怯えた顔を見せる少女へと笑みを見せると、その身体をびくりと揺らして皆本を見つめる。少女は今、皆本がどちらの立場の人間であるのか考えているのだろう。
 自分達超能力者に対して酷いことばかりをする研究員達と同じ白衣を纏った皆本。もしかしたら皆本が此処に訪れた時に会っていたのかもしれない。そうだとすれば、皆本に縋っていいのか、それとも少女にとっては皆本も敵となるのか、判断は付き難いだろう。
「大丈夫だよ。僕は君達の味方だから」
 だから安心させる為に皆本はそう声を掛ける。だがそれを、男達は一笑する。
「ふんっ。俺達と同じ普通人の癖に超能力者なんかの肩を持つ気か」
「こんな化け物、道具として生かす以外の何の価値がある」
「黙れ! 超能力者は化け物じゃない。ましてや道具だなんて――! 彼らはただ能力を持って生まれてきただけだ。僕達と同じ、普通の人間じゃないか!」
 歩みを止めて、皆本は静かに叫ぶ。
「どうして同じ人間だと認めない。超能力者は普通人に何の害も与えやしない。ただお前達がそうやって勝手に超能力者は人間じゃないと決め付けて迫害しているだけじゃないか。力がある者がそんなに怖いのか。普通と違うからとただそれだけで阻害するのか」
「害を与えないない? その存在が害そのものだ。こんな奴ら、人間であるわけがない。科学者であるお前が、お前達の方がよく理解してるんじゃないのか! 超能力者が一体どういう存在なのかを!」
「ああ、そうだね。これまでずっと超能力者について調べてきた。少なくともお前達よりは、僕は超能力者のことを理解しているよ」
「ほらみろ――」
 皆本が頷くと、少女の表情に絶望が浮かぶ。
 涙を滲ませるその表情に、皆本は哀しげに顔を歪めた。
 どうして普通人と超能力者の間に溝は生まれてしまった。どうしてそれを埋めることが出来ないのか。
 再び皆本が口を開こうとした瞬間に、それを遮るように背後で物音がする。カチ、と静かな廊下に響いた物音。警戒するように動いた男達を見ずとも後ろを振り返らずとも、そこに立っている者のことは分かる。
 皆本は振り返らずに、言葉を続ける。
「だから、僕は言ってるんだ」
 一呼吸を置いて、皆本はぐっと男達を見据える。
 その表情はただ男達に対する怒りに強張っていた。
「痛みを感じれば感情だって持っている。超能力者も僕達と同じただの人間だ!」
 大声に男達がたじろいだ瞬間に、皆本は一気に床を蹴って距離を縮める。抱き込むようにしっかりと少女の身体を捕らえると、それと同時に数発の銃声が響く。耳を劈くようなその銃声を浴びながら皆本はただ少女の身体を庇い、男の呻き声と崩れ落ちるような物音を聞いてそっと身体を解放する。
 火薬の匂いに眉を顰めながらも辺りを窺うと、葉が男達を手刀で沈めていた。鉄錆のような臭いはしない。恐らくはただ、気を失っているだけだろう。皆本の身体もまた、無傷だった。
「……別にあんたの約束を守った訳じゃない。そのガキに血を見せたくなかっただけだ」
「それで充分だよ」
 背を向けたまま呟くように皆本は笑みを浮かべて、少女へと向く。びくりと怯える様子を見せるのには何も言わずにただ頭を撫でて、震える身体をそっと抱き締めてやる。
 落ち着くまで背中を撫でてやると、ふつりとそれまで張り詰めていたものが切れたように少女は泣き出す。廊下に、少女の悲しい声が響く。
「大丈夫。もう大丈夫だよ。ごめん。怖かっただろう」
 安心させるように何度もそう囁いて、宥める。けれど、今はそう時間が残されているわけじゃない。
 泣きじゃくり続ける少女の身体をそっと離して涙を拭ってやりながら、皆本はゆっくりと話しかける。
「もうすぐ自由にしてあげるから、もうちょっとだけ、我慢できるかい? もう少ししたら、ここから出られるから」
 小さく、首を縦に動かす少女に皆本はありがとうと囁いて、立ち上がる。しかし直ぐに白衣の裾を握り締められて、笑みを浮かべる。
 皆本がそうして少女の相手をしている間に、男達は葉の手によって拘束されていた。どれくらい意識を失い続けてくれるかはわからないが、手足を縛られていれば邪魔はされないはずだ。
 皆本は少女を連れ添うようにドアに向かい、扉を開く。壁の一面にはこの建物内に仕掛けられた監視カメラのモニターが備え付けられており、その幾つかに捕らえられた超能力者達の姿と、それに紅葉と九具津の姿も映る。
 彼らが相手にしたと思われる男は、部屋の片隅に気を失って拘束されていた。
 皆本は直ぐにECMの作動を切ると、マイクをONに切り替える。
「僕の声が聞こえるか!」
 マイクに向かって話し掛けると、モニターに映る紅葉と九具津が顔をあちこちに巡らせる。そして部屋の一角にあるカメラの存在に気付き、それに向かって頷きを見せる。
「ECMは切った。これで超能力が使えるはずだ。これからリミッターのプログラムを書き換える」
 それだけを一方的に告げて、皆本はコンピュータに向かう。ディスプレイに映し出される羅列を追いながら、素早くキーを打ち込んでいく。
 幾つかのファイルを開きリミッターに関わるそれを開いた時、唐突に葉から声を掛けられる。
「おい」
「なんだ?」
 首だけで振り返り葉を見つめる。その時に、ほんの微かな揺れが足元を襲った。動かずに居たからこそ気付けたような小さな揺れ。
 その揺れが収まってから、葉はゆっくりと口を開く。
「どうやらこの島に仕掛けられていた爆弾が爆発を始めたらしい。全部が爆発するまで約20分。施設に被害が及ぶまでは、――約10分、だそうだ」
「そんな――……」
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