少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者の見た夢 11  

 時を遡る事、少し前。
 それは兵部が皆本へと成り済まし、碓氷へと呼び出されるよりも、前。
 皆本の部屋には兵部の姿があった。
「……そう、か。碓氷が」
 聞かされたその内容に、皆本は顔を俯ける。俯いたその姿からは皆本が何を考えているのか分からない。だが直ぐに皆本は顔を上げて、兵部を真っ直ぐに見つめる。
 皆本がこの島に滞在するのは今日が最後だ。明日朝には島を離れる。それはあくまで予定の上ではということで、皆本もそう簡単に離れられるとは思っていない。何しろ皆本にはスパイ容疑が掛けられているのだ。そんな人物を果たして簡単に外に出すだろうか。
 それにこの施設の存在意義を考えれば、それが容易なものではないと分かる。
 だから、兵部達が計画を実行するには今日しか残されていなかった。それが何時なのかは、皆本自身には聞かされていなかったが。しかし推測することは出来るから、ただその時まで普段通りに振舞うことに専念していた。
 そして今朝人の気配に目覚めてみれば、兵部がそこにいたのだ。監視カメラ・盗聴器付きの部屋にまさか兵部が姿を現すとは思ってもいなかったが、それはつまり、既に計画が動き出している、ということなのだろうと皆本は判断した。事実、既に計画は着実に進められていた。
 夜明け前にこの島へとやってきた兵部は、まず始めに制御室を押さえた。そこさえ押さえてしまえばこの施設内の電気系統は全て支配できる。作動されていたECMを切って他のメンバーを迎え入れると、滞在する研究員達を一箇所に集める。相手は力の無い普通人だ。それは容易なことだっただろう。
 警備員が常駐しているはずではあるが、それも対超能力者となればどちらに分があるかはわかりきったことだ。
 その間に、兵部は皆本の元へとやって来た。これからの計画を話すために。それと、耳に入れておくべきだろう情報を持って。それが、今回の真の首謀者であった碓氷のこと。
 兵部がそれを聞かせる間、皆本はただ黙ってそれを聞いていた。或いは、何と無く予想していたのかもしれない。疑わしき皆本の傍に常に居ようとした人物。親切を装い実は監視を兼ねていた、とは疑いを持って探っていればわかることだ。けれど皆本にそれを責めることは出来ない。皆本とて、碓氷だけではなく皆を騙していたのだから。
「それで、僕はこれから超能力者達を助けに向かえば良いのか」
「ああ、そうだ。脱出する船はこちらで用意してある。君は子供達のリミッターを解除してくれればいい。この建物内の人間は全員捕らえてあるが、向こうにも人はいるんだろう?」
「……ああ。それに、電気系統は別になっていから、こちら側を制圧しても収容施設の制御室を制圧しなきゃ意味が無い」
 入り口はたった一箇所。そこを開けて中のECMを切らなければ、やって来た超能力者はその能力を発揮できない。唯一兵部はその状況下でも自由が聞くが、なにやら他にすることがあるらしい。
「全く下らない知恵ばかりを働かせる。――紅葉、葉!」
 誰も居ない空間に兵部がそう呼びかけると、直ぐに二人の人間が現れる。「少佐」と呼び掛ける二人は、皆本にも見覚えがある。パンドラでは幹部の位置に居るらしい、二人だ。
 その内の一人、葉が睨むように皆本へと視線を送ってくる。しかしただそれを葉の傍にいた紅葉が複雑そうな表情で見つめるだけで、兵部も、皆本でさえも何も言わない。
 葉の送ってくる敵意を剥き出しにしたような視線で、皆本は分かってしまった。彼らもまた、皆本と兵部の関係を知っているのだと。それが偶然であるのか兵部から話したのかその辺りの事情は分からないが、納得していないのは確かだろう。やはりそう簡単に、納得できる問題ではないのか。
 突き刺さるような、今にも身体を引き千切られそうな視線の痛みを、皆本はただ知らない振りをして耐えるしかなかった。
「……紅葉。葉。子供達の事は任せる。皆本の指示に従って救出に向かってくれ」
「ッ」
 何か言いたげに葉は兵部を睨むように見たが、しかしその口から何か言葉が漏れてくることはなかった。渋々というように頷いて、やはり皆本を睨んでくる。
 その視線に対して、皆本は特に何もいうことは無かった。言葉を重ねてもそれは意味の無いことだと分かっていたし、今はそういうことを議論している暇は無い。優先すべきなのは超能力者の救出。ただそれだけだ。
「任せたよ、三人とも」
 見送る兵部の視線を受けて、皆本は瞬間移動で収容施設の入り口の前にまで到着していた。そこには、恐らく騒ぎを聞きつけて現れたと思しき警備員が倒れていた。一瞬それに顔を顰めたが、ただ気を失っているだけだろう。
 兵部達が約束を守ってくれていることに驚きと、嬉しさを覚えながらも皆本は入り口のパネルを操作する男の下へと歩み寄っていた。
「……九具津」
 ドアには焦げたような痕も残っていた。機械を弄る前に手っ取り早く破壊を試みてみたのだろう。だが結果は好ましいものではなく、仕方無しに機械を弄り始めたのか。
「リミッターはその場で解除するしか方法が無いのかい?」
「……いや。リミッターは全て制御室でもコントロールできるようになってる。システムがどうなってるかはわからないが、爆破プログラムを書き換えれば施設外に出ても安全なはずだ」
「はず、か。随分曖昧だな」
「此処の制御室には一人しか出入りが許されてない。そいつ独自のプログラムだとすればどんな仕掛けがあるかも分からない。賭けに近いようなものだ」
「誰かが弄ろうとすればそれだけでドカン、って?」
 緊張感を含まないその声に、皆本は神妙に頷く。
 この研究所に来た当初に見たリミッターを使用しているのであれば、その可能性も少ない。
 しかしあの時自分は碓氷に向かって何と言ったか。あれが本当に皆本を試す為だけに作られた失敗作であったとすれば、今子供達につけられているリミッターはそれよりも数段性能がよく、また巧妙に作られているはずだ。
 碓氷の持つ思考であれば、そう簡単に他人に弄られるようなプログラムを立てるはずがない。万一誰かに弄られてもいいようにダミーを仕掛けてあるか、あるいは自滅プログラムが混ざっていてもおかしくない。
「――よし、開いた。ドアを開けるぞ!」
 収容施設の中にも警備員は居る。此方側の動向を探り、ドアを開けた途端に迎撃される可能性も充分にある。どうやら形振り構わないらしい此処の警備員は、危険だ。皆本も手早く護身用に警備員から銃を拝借すると、それをスーツに収める。
 ECMが作動している内部では、一緒に居る葉達の超能力は期待できないし、頼り切るつもりも毛頭ない。自分の身は自分で守り、被害も最小限に抑える。
 九具津はそれぞれ物陰に身を潜めたのを確認すると、最後のエンターキーを叩く。静かにゆっくりとドアが開いた瞬間に、一斉に暗闇から銃声と火花が散る。耳を劈くようなその音を聞きながら皆本はじっと息を潜め、音が止み暗闇の中から警備員達が姿を現すと、その身を彼らの前へと飛び出させた。
 そして抱えていた躊躇いも振り切って、銃口を彼らへと向ける。しかし狙うのは、急所を外した利き腕か足だ。そこを打ち抜けば動くことも出来ないだろうし、また銃を握ることも不可能だ。隙を生み出すにも丁度いい場所。
 装填されている銃弾に限りはあるし、無防備に姿を曝せばただ標的になるしかない。素早く引き鉄を引いて打ち抜くと、痛みに呻き身体を崩す男達を葉が手早く昏睡させていく。
 ドサドサと地に伏していく姿をただ何の感情も無く見つめる。しかしその唇はきつく噛み締められていた。
「へぇ、やるじゃない」
 感心するようなその声に皆本はただ曖昧な表情を浮かべて、倒れた男達から銃を拾い集める。姿を見せてきたのは5人だった。この施設には、確か8人警備員が常駐していた居たはずだ。子供達の見張りも兼ねた者と、制御室にも。急がなければ子供達の身に危険が及ぶ。
 この場所から制御室までのルートは。
 それを思い出しながら、皆本は葉達を振り返る。
「子供達の居る場所は分かるのか?」
「えぇ。貰った情報はしっかりと活用させてもらってるわよ」
「そうか……。そこにも恐らく一人か二人見張りが居るはずだから、気をつけて。僕は制御室に向かう」
「わかったわ」
「――待てよ」
 頷く紅葉の声に重なるように、葉が言葉を発する。仇でも見るような険しい表情に、皆本はただ視線で言葉を促す。議論している暇も惜しかった。だから言いたいことがあるのならば聞く。
 だがその態度が葉にとっては気に食わなかったのか、今にも掴みかかってきそうだ。それを理性で押し留めて、葉は言葉を吐き出す。
「俺も行く」
「え……?」
「俺は、たとえ少佐がアンタの事を信用しているのだとしても、信用しない。変な行動一つ取ってみろ。その場で殺してやる」
「葉!」
 葉の眼は本気だった。それは、皆本がどういう人間か云々という問題ではなく、ただ普通人に向けられる憎しみだった。窘めようとする紅葉も視線で黙らせて、葉は皆本を睨む。
 その感情はあまりにも純粋で、だから胸が痛くなる。それを言えばきっと葉を侮辱するようなものだろうけど。
 どうしてここまで普通人に対して恨みを持ってしまったのか。持たなければならなくなったのか。根底には、普通人の理不尽な思い上がりや彼らを貶めようとする普通人の傲慢さがあったのだろう。
 彼らはただ超能力者として存在していただけなのに、尊厳すらも奪われる。謂われないことで責められる。居場所を奪われるということが、どれだけ悲しいことなのか。
 それを再び作り出し守るために、どれだけ必死にならなければならないのか。
「……あぁ、いいよ」
 皆本はただそれだけを告げて、踵を返す。
 きっと皆本が今していることも、これからしようとしていることも、どれくらいの救いになるのかも分からない、小さな自己満足なのかもしれない。それでも、救えるものがあるのなら救いたい。伸ばせる手があるのなら、伸ばしたい。
 そう思うことは、決して悪いことではないはずだ。
 ぐっと拳を握り締めて建物の中に飛び込んでいく皆本を、葉も追い掛ける。その二人の後姿を紅葉は心配そうに見つめていたが、直ぐにすべきことを思い出し九具津を振り向く。
「私達も行くわよ」
 紅葉とて、皆本のことを信用しているわけではない。それでも、兵部が認めているから、感情を抑えているだけに過ぎない。
 葉のように反発したい気持ちが、ないわけでもない。
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