少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者の見た夢 05  

 一日は簡単に過ぎていく。監視もなく誰もが自由気ままに研究を進めているとは言っても、それは此処に居る皆が超能力者に対してそれをただ道具としてしか扱っていないからだ。研究材料としてしか見ていないのだから、裏切る要素がないのだから監視を置かなくてもいい。或いは、此処に居る互いが互いの監視となっているのか。
 皆本に与えられたのは新たなリミッターの開発。それはただ能力を抑える為だけのものではない。超能力者を意のままに操る為の仕掛けも施されている。それはまるで、チルドレンに出逢った当初の事を思い出させる。
 こんな事には反対だった。子供達を力で押さえつけてもそれは暴力と何ら変わりはしない。言う事を聞かないからといって暴力を振るうのは間違っている。だのに今自分は、そのことに加担している。汚したくはなかったことに手を染めている。
 僅かな間の我慢だとは分かっていても、どうしようもない遣る瀬無さがそこにある。ああ早く、こんな場所から抜け出したい。帰ってあの子達の笑顔を見たい。此処は地獄だ。
「元気ねーな、皆本」
「っ。碓氷か……」
 急に肩を叩かれて、皆本は過剰に肩を跳ねさせる。それに碓氷も驚くように目を瞠って、どうした、と話し掛けて来る。
「なんでもない。慣れない環境で少し疲れてるのかもな」
「そうか。ま、肩の力抜いてのんびりやれよ。外の空気でも吸って来たらどうだ?」
「……そうだな。そうするよ」
 それまでの作業を止めて、パソコンの電源を落とすと皆本は立ち上がる。不調な時に進めてもそれは無駄に労力を使うだけだ。効率は良くない。それに、都合の良い口実も出来た。
 無理するな、と掛けられる声に軽く手を上げて応えて、廊下に出る。しんと静まり返った空間。窓から望む景色に少しだけ気分が落ち着いたような気がする。白衣の中のものをそっと触れて確認して、皆本は何事もないように歩き出す。
 作業時間は決められてはいるが、研究員達は自由に休憩を取る事ができるし、施設内であればどこにでも行くことができる。但し、超能力者達の住まう棟には予め申請を出さなければならない。それは研究員達が勝手に超能力者を使用しない為だ。彼らは政府の持ち物として、保管されている。
 物扱いだ。人間としては扱われる事がない。衣食住は確保されている。しかしそれはまるでペットにでも対しているような扱い。平等の人間として扱われない。
「――……助けるから、必ず」
 誰にも聞き咎められることがないよう、皆本は小さく小さく、呟く。
 此処に来て三日が流れた。その間にただ研究だけを行って来ていたわけじゃない。建物に備え付けられた監視カメラの場所も頭の中に叩き込んだ。そこから推測される死角も把握している。
 怪しまれず、且つ監視カメラの死角となるような場所。皆本は見つけた死角に身を潜めると、小さくその名を呼ぶ。
「――兵部」
 それが合図となったように、皆本の視界がぶれる。そして目の前に広がるのは、施設を取り囲むように作られた人工林の中だ。此処までは監視の手は及んでいない。そこに、兵部の姿があった。
 皆本はそれまで胸の中に詰まっていた淀んだものを吐き出すように息を吐き、ポケットに手を入れる。取り出したのは一枚のROM。それを兵部へと手渡す。
「この施設の見取り図とECMの配置、それから推測される影響範囲と監視カメラの稼動範囲、それと……超能力者達の、リスト」
「さすが皆本君。仕事が早いね」
「茶化すな。…………子供達に、会ったよ」
 一言兵部を窘めて、皆本は呟く。
 集められた超能力者達は年齢はバラバラだろう。どういった経緯で集められたかは分からない。しかしその中には、チルドレンとそう変わらないだろう子供の姿もあった。本来は生命力に満ち溢れ生き生きとしていただろう彼らに、そんな姿はどこにも見えなかった。黒く淀んだ瞳。やつれた様に疲れ果てた姿。
 そこにいれば気分が悪くなるような気がした。助けてくれと、もう止めてくれと叫んでいる声が聞こえているような気がした。虚ろな視線に責められているような気さえして、気分が悪くなった。
 彼らに何の罪は有りはしないのに、ただ人間の欲深い思いと弱さが彼らを苦しめ続ける。人権を奪い実験動物、道具として扱い、従順でなければ切って捨てる事すらありえる。
 それは果たして同じ人間の仕業であるのか。こんな現実が認められるのか。――まるで地獄。
「わかっただろう。それが君達普通人が僕達超能力者に対する行いさ」
「だがそんな人達は……!」
「一握りだといいたいのかい? でもこんな人間が世界各国に存在する。普通人の超能力者に対する差別は一生なくなりはしない。愚かな普通人は何度も繰り返す。消えてもまた別の人間が同じ事をする。堂々巡りさ」
 そんなことはない、と言い切れない。兵部の言う事は正しい。間違っていない。何度も何度も同じ過ちを繰り返すだろう。人間は弱い生き物だ。だから自分よりも強いと思う人間は排除したがる。自分の安寧を守る為だけに、平気で他者を貶める事が出来る人間だ。
 だがそれも自然界の摂理だと言ってしまえば仕方がない。そしてそれを認めるのであれば、生き残る為に超能力者が普通人を貶めようとするのも、また認めなければならない。一方だけが許され認められるなど、傲慢にも程がある。
 ならば何が一番いいというのか。力で御す以外の方法は見つけられないのか。共存の道はないのか。
「だから言ってるだろう。君に未来は変えられやしない。全てを忘れて楽になれ。それとも――僕と一緒に来るかい」
「……僕は皆を、裏切りはしない」
 未来は変えられる。決められた未来など存在しない。世界は変えられる。信じる、強い思いがあれば。
 確かに、組織一つ消えた所で未来が直ぐに変わるということはないだろう。だが続けていればいつかは、変わってくるはずだ。超能力者は敵じゃない。超能力者と普通人は歩み寄る事が出来るはずだ。思いを履き違えてはいけない。
 力を持っているから恐れるのではなく、力を持っていないから蔑むのではなく、認めなければならない。彼らもまた同じ人間であると。自分達は何も変わりはしない、同じように弱い生き物なのだと。己達の在り方を間違ってはならない。
 撒かれた憎しみは、大きく成長させてはならない。かと言って踏みつけるわけでもなく、その思いを抱えて、その思いごと認めなければならない。
「……だから君は、甘いというんだ」
 理想であればいくらでも語れる。甘ったれた思想などはもう聞き飽きた。それでももう何十年と、世界は変わらない。過ちを繰り返し憎しみだけが生み落とされ、荒んだ世界へと変わる。そこに希望など有りはせず、残されるのは絶望。救いなどは存在しない。
「でも両者はきっと歩み寄る事ができる。少なくとも今、僕達は仲間だろう?」
 寂しげな皆本の笑みに、兵部は告げる言葉を忘れたかのように息を詰める。そしてゆっくりと息を吐き出し、呟く。
「不本意だけどね。でも、これには超能力者が絡んでいるからだ。普通人のことなんか知ったことじゃない」
「でも傷付けないと約束してくれただろう?」
 言質は既に取られている。けれど、それは決して普通人の為に言った言葉ではない。返す言葉もなく兵部は悔しげに舌を鳴らして、皆本を軽く睨みつける。
 睨まれても、皆本の表情は変わらない。ただ静かに、それを受け止めている。
「好きに解釈するといい」
「ありがとう、兵部」
「馬鹿な坊やだ、君は。……本当に」
 悔し紛れに呟く声にも皆本は反論せず、ただ触れるだけの口付けを受け止める。閉ざしていた瞼を持ち上げれば、既に建物内部に戻ってきていた。
 誰もいやしない空間に、皆本は無意識に己の身体をきつく抱き締めていた。

□ ■ □

 島から少し離れた場所に、真木は居た。難しい顔をしている男に兵部は小さく笑みを浮かべて、皆本から渡されていたROMを渡す。
「情報は手に入った。帰って計画を立てるぞ」
「……あの青年を信じるのですか」
 罠ではないかと、言外に告げる真木に兵部はどうして、とでも言いたげな表情で見返す。
「彼はバカ正直な人間だよ」
 自分が利用されていると気付きもしないで。本当にどうしようもないほどに単純な人間だ。だから、簡単に利用されてしまうというのに。いやもしかしたら、薄々は気付いているかもしれない。しかしそれすらも、自分の中で正当化させて受け入れてしまっているような気がする。
 真木の危惧が分からないわけではない。兵部も始めはそれを考えたものだ。けれど皆本は真意を知らない。ただ捕らわれた超能力者達を助ける為だけに動いている。
「あの人も策士だよね。敵ながら感心するよ」
「少佐。感心している場合ではありません」
 此方の戦力を利用されているのだ。全て、こうなる事を見越して。下手に関与する事が出来ないから、他の戦力を活用する。利害は一致するだろう。相手方はこの施設を再起不能にしたい。此方側は捕らわれた超能力者達の解放。
 だがそれでも、条件は一致しない。このようなことを仕出かす人物を、どうして野放しにしなければならないのか。相応の制裁を加えるべきだ。内々であやふやなまま終わらせて、それでどうして腹の虫が治まるというのか。
 憎むべき普通人を、どうして信じれる。
「落ち着けよ、真木」
「しかし少佐。皆が納得するとお思いですか」
「しないだろうね。僕も納得していない。……でも」
 信じてみたくなってしまったのだろうか。あの瞳を。
 揺ぎ無い確固たる信念を貫こうとする彼が、どうするのか。
 それを見てみたいのだろうか。
 希望のない世界に希望を生み出そうとする彼を、認めてもいいのだろうか――
「………………」
 決意が、揺らぎそうになる。けれど、結局どうであっても未来は何も変わりはしないのだ。未来予知に変動は見られない。
 だからこれは、無意味な事なのだ。
「計画のメンバーは慎重に選べよ」
「ではやはり、此方からの情報が漏れていたという事ですか」
「だろうね。あるいは、動きがある事を予知してたかな」
 研究所一つが爆破されるような事態が起きれば、当然事前に予知されるだろう。その被害を最小限に食い止め、あるいは計算通りに運ぶ為に立てられた計画。
 まんまとそれに踊らされるのは気に食わない。しかし、下手に動いていれば大なり小なり超能力者達にも被害が出ていた可能性もある。わざわざ閉じ込めた上に爆弾付きのリミッターまで嵌めさせるような集団だ。範囲を制限されていたとしてもおかしくはないし、遠隔操作も可能だろう。
「今回は内通者も必要だった。向こうが僕達を利用するのなら僕達だって向こうを利用してやろうじゃないか」
 不敵に微笑む兵部を、真木はただ気遣わしげに見つめるだけだった。
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