少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者の見た夢 02  

 研究施設のある島に着いて真っ先に、皆本は医療施設へと向かわされる事になった。そこのロッカールームで用意された服に着替える。どうやら、下着まで替えなければならないらしい。細部に至るまでの徹底振りだ。これも、外部に情報が流れないようにする為だろう。
 此処で着替えた服は、1週間後、帰る時に渡されるようになっている。ロッカールームを出ると身体検査を受けさせられる。職員の中に適応者が居ないかどうかの検査もそこには混じっていた。脳波を調べられ、複数の方法を利用しあらゆる角度から可能性を見出していく。
 どうしてそこまで拘るのか、いっそ奇妙に見えるほどに。
 時間を掛けて行われる検査にはそれなりに体力も使う。時折休憩を挟みながら午前一杯を使って検査を終えて、漸く研究所に向かう。
「お疲れさん。疲れただろう?」
「ああ……。え、っと」
 研究所の入り口で、声を掛けられる。ほんの僅か見覚えのあるような気がするのは、恐らく検査の途中でその顔を見かけたからだろう。首から下げられたIDカードには碓氷とだけ書かれてある。
 カードへと落とされた皆本の視線に、男も皆本がなにに言葉を詰まらせたのか分かったのだろう。ああ、と頷いて手を差し出してくる。
「碓氷だ。俺はあんたのこと見てたからつい、な。これからよろしく」
「皆本です。よろしく」
「ああ知ってるよ。珍しい研修生だもんな。俺が皆本の指導任されてんだ。軽く中案内するから、ついてこいよ」
 気さくな人間であると、それが碓氷に対する第一印象だった。誰にでも気兼ねしないようなこの性格ではどこででも馴染む事ができるだろう。なのに何故、こんな場所に居るのか。
 皆本がこれから働く事になる第二研究室に向かうまで、碓氷は様々な事を説明し聞かせてくれた。
 この研究施設内では配布されるIDカードが無ければどこの部屋にも出入り出来ないという事。それが身分証明であり、鍵でもあるらしい。施設の至る所に監視カメラが設置されてあり、24時間の監視体制であること。しかし警備員は常駐しているし研究員が警備に当たる事もない。どうやら研究員は研究だけに没頭できるように不自由なく整備がされているらしい。
 研究室は大きく二つに分かれており、それから更に二つに分岐する。
「開発部と研究部?」
「そう。研究部は、脳内のメカニズムを調べて眠った超能力を引き出す為の研究してる。超能力が生まれる原因は外的な刺激に因るものなのか、それとも内的な刺激に因るものなのか。内的なものであっても、どんな感情が左右するのか。遺伝子の問題であれば、因子を持つ者と持たない者の差は何か。或いはそれら複合的なものか。まあ俺も詳しくは無いからよくわかんねぇけど。大体そんなことだ」
 どんな事が行われているかは想像の域を出ることは無いが、生半可なものではないだろう。それによって何が齎される事になるのか、その事例を皆本は眼前に見てきている。それが此処で、行われ続けていたという事か。
 政府の、黙認の上で。
「それ……は、危険じゃないのか?」
 万一何かが琴線に触れ、超能力が暴走してしまったら。実験として扱われている子供たちの身が危険となる。能力の暴走は脳へも衝撃を残す。果たしてそれに耐えられるだけの耐性が子供にあるのか。
 だが、碓氷は皆本を不思議そうに見つめて
「何言ってんだよ。それはそれでいいだろ。早めに危険因子が取り除けるんだから。超能力者は危険だ。排除しなければならない。でもそれを、俺達は生かしてやってるんだ」
 濁りの無かった瞳が、僅かに濁り始める。浮かんでいるのは超能力者に対する嫌悪だろうか。侮蔑するような眼差し。
 違う、超能力者は危険なんかじゃないと、訴えたくてもそれが出来ない。今は、感情で動いてはならない。何の為に潜入を試みているのか、分からなくなる。だから、皆本は拳を作り込み上げてくる怒りをやり過ごす。これもまた、どうしようもない現実だ。
「……そう、だな。それで、開発部ってのは?」
「ん? ああ。ECMとかECCM、リミッターの開発とか。機械的に超能力をコントロールする為の開発部さ。この建物内にもECMは取り付けられてる。ま、此処には超能力者なんて入り込めないから関係ないけどな」
 確かに歩いていれば、それらしきものが一定間隔で点在している。それに研究所に入る為には皆本も通ってきた医療施設を通らねばならない。そこからしか入り口は存在しない。例え瞬間移動能力者が居たとしても、建物周辺にも超能力者対策は万全に行われているのだろう。
 完全に外界との接触を断った、要塞だ。
「え、それじゃあ、子供達は?」
「此処は研究施設。別の……、あの建物に子供は収容されてる。あそこにはこのカードがあれば行けるよ。開発したもんのテストもしなきゃいけないしな」
 窓から覗く、白い建物。見る限り外観に窓なんてものは存在していない。子供の脱走を防ぐ為のものだろうか。太陽の光も届かない世界に、子供達は居るのか。
 歩き始めた碓氷を追いかけるように皆本も足を動かす。いつの間にかに、二人は第二研究室の前に辿り着いていた。
 ドアの脇にある機械にIDカードを通し、指紋照合を行う。皆本の指紋も、検査中に採取された。指紋は誰も同じなんかではない。そして、偽る事もできない。成り済ますことが出来ない、というわけだ。
 そこまでして機密を守ろうとする組織が、どうして皆本という、ただ1週間の滞在しかしない研修生を迎え入れる事になったのだろう。どうやら此処から先、少しも気を緩めることが出来ないらしい。常に緊張の中に居なければならない、というわけか。
 口内に溜まった唾液を飲み込む音が、やけに大きく聞こえて来た。だがもう、腹を括るしかない。此処には許せない事がたくさんありすぎる。でもそれを表に出す事は許されない。超能力者を擁護してはいけない。果たしてそんなことが自分に出来るだろうか。
 想像以上に、精神に負担が掛かりそうな気がした。
 深く深呼吸して、皆本は目の前の扉を開く。これで適合しなければどうなるだろうか。素性は知られていないだろうが要注意人物としてマークされている可能性は高い。だがそんな心配も杞憂に終わり、扉はあっさりと開く。その向こうに、碓氷が待っていた。
「皆本も前は超能力研究施設に居たんだろう?」
「ああ。ここよりも……設備は劣っていたけどね」
 見る限り最新の機材が整えられているのだろう。皆本の言葉に、碓氷はそりゃそうさと笑う。
「政府からの援助金もあるんだ。一介の研究施設と一緒にされちゃ困る。そこも多少援助金は出てただろうが、ここは別格だ」
「そうだな」
「じゃあとりあえず……。これ、ばらしてくれ」
「え?」
 投げ渡されたのはリミッターだ。形は違うがリミッターは幾つも見てきたし開発もした。だから構造は知っているが、ばらすとはどういうことだろうか。
 リミッターを受け取ったままぼんやりと立ち尽くす皆本に碓氷は傍の机に寄り掛かりながら、ニッと口の端を持ち上げてみせる。
「そのリミッターは自力で外そうとすると電気が流れ自動的に爆破するようになってる」
「! 爆破!?」
「そ。ガキが勝手に外さないようにする為の仕組みだ。なに、つける場所は手首だ。死にはしない」
 だがその代わりに、片方の手首がなくなるだろうが。
 そう、碓氷はどこかおかしそうに付け加える。
 それがどういうことなのか、碓氷は分かってていっているのだろうか。いや、分かっているに決まってる。瞳に浮かんだ楽しそうな色。彼は、自分達が超能力者として生まれさせた子供達がどうなろうと関係ない。ただ、実験体が一つ傷付いてしまう程度のものだろう。そして、替えは他にも居る。
 ぞっとする。そんなことが罷り通ってしまうことが。誰もそのことを咎めない。超能力者を同じ人間として扱おうとはしない。力で縛る事を、当然と考えている。
「今、手首に嵌めている状態と同じようになっている。それを外さずに、爆破装置だけを解除しろ」
 そしてこれは試されているのだろうか。碓氷を見つめてもその目からは何も分からない。けれど、開発部の研修生としてやってきたからには、これはやらなければならない。内部構造は恐らく教えてはくれないだろう。自分で考えろと、言う事か。
「パソコンと、少し機材を借りるぞ」
「必要なものは何でも使ってくれ。ただし、間違ってドカンだけは勘弁しろよ。吃驚するからな」
「そんなことにはならないさ」
 見た限りでは皆本も見たことのない代物だ。この研究所で密かに開発されていたものか。個人が独自で作り出したものならば厄介だが、所詮は同じ人間が作り出したもの。人間に破れないわけがない。
 しかしここに来て成る程、とも思う。皆本が選ばれた理由は此処にもあるのか。バベルを決して裏切る事は無く、相手の条件にも見合った存在。バベルは超能力者を擁護するが、中にはその存在を恐れる者も居る。口の軽い者も居るだろう。会話の中で調子に乗ってバベルのことでも話されでもしたら。極秘の潜入捜査という点で、そんな者は排除されるだろうが。
 その点で、皆本は心配が無いというわけか。バベルには、皆本の親友や、可愛がる子供達が居る。そんな彼らを裏切り爪を立てるようなことは皆本には出来ない。何よりも皆本自身が、超能力者と普通人は共存できるものだと言っているのだから。この研究所に賛同する事はないだろう。
 それら、見透かされていたというのか。ではあの桐壺の戸惑いは、皆本の精神が保てるかどうか、不安だったのだろうか。確かに、文面で確認はしたが改めて問われて首を縦に振ることが出来たかどうかは分からない。言葉にされれば一層に現実味が増す。そして現実は皆本の想像以上だった。
 この研究所に居る者達は皆、超能力者を同じ人間だとは認識していないのだろう。それが、悲しかった。
「……終わったよ、碓氷」
「へぇ?」
「爆破プログラムを書き換えた。時間が無かったのか知らないけど、荒があったぞ。これなら少し機械のことを知ってる奴だったら簡単に止められる」
「んじゃ、外してみろよ」
 実際に成果を見なければ納得しない、という事なのか。皆本は頷いて、躊躇い無くリミッターの留め具を外す。己の成果は己が一番分かっている。大丈夫だと分かっているなら、躊躇う必要も無い。
 結果、リミッターは音も無く留め具を外されて簡単に開く。輪状のそれは半円となって皆本にぶら下げられる。それを見て、碓氷の口角が上がる。どうやら合格らしい。
「見事だな。確かに腕はある。1週間だけなんて勿体無いぜ」
「はは。ありがとう」
「それで、荒があったって?」
 寄り掛かっていた机から離れて、碓氷は皆本の手元を覗き込んでくる。
 その姿をそれとなく見つめながら、皆本は溜息を喉元で押し殺した。
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