少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者達の狂詩曲 07  

「この施設は、ノアが所有する研究施設の一つです」
 突然のその事実に、賢木と不二子は揃って皆本を凝視した。
 彼が虚言を吐いているようには思えないが、皆本が告げていることがすべて真実だとすれば、この爆破事件を不思議に思っても無理はない。
 ノアが事件を引き起こしている一方でその研究所が爆破されるなど、裏があると考えて当然だろう。
 だが。
「いったい何なんだよ、そのノアってのは。ただの超能力研究組織にしちゃ随分物騒じゃねぇか」
 不穏な動きがあると見られたり、特務エスパーを狙った連続傷害事件に爆破予知。それだけでも十分にその組織が普通の組織でないことが分かる。
 賢木の言葉に皆本は小さく頷きを返して、ゆっくりと口を開いた。
「彼らが行っているのは、研究と言うよりも開発に近いものです。世界各国から普通人・超能力者問わず有能な研究者達を集め、超能力をあらゆる分野、角度から分析して人為的に超能力を持つ者を生み出せないかを研究する、非合法組織」
「な――! 人体実験を行ってるっていうことか!?」
 超能力に関しては未だ解明されていない事実が多く、少しでも興味を抱いた研究者達はこぞって超能力の解明に当たろうとする。超度の低い超能力者を被験体として超能力実験を行おうとする者がいると言うことは、賢木も良く知っている。
 だが、それは例え本人の承諾があったとしてもしてはならない禁忌の実験。身体にどんな影響を及ぼすかも分からない。脳に刺激を与えることは、失敗してしまえば死に至る可能性だってあることを否定できない。万一成功したとしても障害が生まれるかもしれない。100%安全だとは言えない、人間如きが手を出してはならない神の領域。
「ちょっと待って。そんな話、私は少しも聞いたことがないわよ?」
「ノアには世界各国の要人達がスポンサーについていると聞いています。バベルは日本が誇る超能力者支援研究組織です。管理官の耳に入らないように、情報を抑えていたのではないでしょうか」
 どこか言い難そうに、しかしはっきりと皆本は告げる。
 確かに、そんな組織が実在しているのならばバベルはそれを放っておくことは出来ない。それはバベルに限らずとも、超能力者を擁護している組織はそうだろう。
 しかし各国の要人が裏についているとなれば、手の出しようがない。手を出してしまえば国家間に亀裂が走り、最悪戦争を引き起こす可能性もあることを否めない。下手な人間に進言すれば、そのまま潰されてしまう可能性だって有り得るのだ。
 どこの国も、他国との戦争が起こり得るような大博打を打つ決断は出来ないだろう。不用意な言動が自滅へ導くかもしれない。だから、その存在を知ったとしても黙認を続けるしかない。
 ノアの創設者はそこまですべて計算に入れて行動してきたのだろうか。だとすればそれらと太刀打ち出来る術は――。
「……」
 重苦しい空気が部屋の中に流れる。
 手を拱くしか出来ない状況を打破したいのに、バベルに所属する彼らは手出しする事が出来ない。
 こちらから手を出すことに、まずは国が許可しないだろう。今はまだ大人しい組織を敵に回して、誰が戦争を引き起こしたいか。それにどこから圧力が掛かるかも分からない。国のトップには、超能力者を恐れる者も居る。バベルに関して言うのなら、存在は安定したものとは言えない。
 外の敵だけでなく、身内にも十分に脅かしてくる存在はいる。
「だから、これはノアの実態をつかむ絶好の機会だと思うんです」
「え――」
「これまでノアが特務エスパーばかりを狙う連続事件を引き起こしていたのには理由があります。ただ彼らやバベルに恨みを持った人間の感情的な犯行ではなく、計算された目的が」
「目的? そういや、お前なんでそんな組織のこ、と……、――!」
 確信を持って告げる皆本に賢木は怪訝な顔を見せ、脳裏に過った一つの予感に目を瞠った。
 情報が抑制されている中で、何故皆本がノアについての情報を知り得たのか。ノアが超能力研究の為に世界各国から集めているものが何であったか。
 賢木のその予感が正しいものであるように、皆本は微かに首を縦に動かした。
「どうやら何者か――恐らくはノアに属する者でしょうが、コメリカ時代と富士に居た時の僕のデータを調べていた人間が居るようです」
「! どういうことだよ、それ!」
 身を乗り出すように問い詰めてくる賢木に軽く目配せを送り、皆本は続ける。
「僕も先日、コメリカに居る友人からこの事を聞いただけなので何とも言えないのですが。確認の為富士の研究室にも連絡を取って確認してみましたがやはり同じ事でした。それでもう一度コメリカの友人に連絡を取って話していると、『ノア』という組織の名前が出てきました」
 そこで、皆本も初めてその組織の名と存在を知った。俄かには信じ難いものだが、超能力に関し人体実験を行っている組織はそう珍しいものでもない。
「ノアは皆本クンを引き込むためにわざわざ事件を起こしてるってこと? 随分回りくどいことをするのね」
「バベルにノアの存在を知らしめたいのかもしれません」
「捕まえられるなら捕まえてみろ、ってことか」
 忌々しいとばかりに吐き捨てる賢木に苦笑して、皆本は微かに顔に陰を落とした。
 二人に話したことは大半が事実だが皆本の推測の域を出ないものもある。明らかにノアに関する情報が少ないのだ。彼らが研究者を集めてエスパー実験を行っていることは分かっているが、その研究内容までは明らかにされていない。一体組織内で何が行われているのか。いやな予感ばかりが募っていく。
「とにかく、この二つの爆破事件の関連性は否めません。この研究所は現在も活動しており、人の出入りもあるようです。わざわざ引き抜いてきた研究員達を危険に曝すような真似はしない――と思いたいのですが、彼らが行っているのは非人道的な研究です。公になれば放っておくこともできない」
「そうなる前に証拠隠滅――か。さすがに灰を集めて透視しろって言われても無理だしな」
「それで、あなたとしてはどうしたいの?」
 不二子の問いかけに皆本は堅く頷く。
「ザ・チルドレンと共に廃病院へ向かいます。変動確率を見てもチルドレンでなければ回避は難しいでしょう」
「ちょ、おい! お前分かってんのか? 向こうの狙いはお前なんだろう!?」
 皆本の肩に掴みかかり、賢木は声を荒げた。その心配してくれる必死の様相に、今は不謹慎だと分かっていても皆本は笑みを零してしまう。それに賢木が片眉を跳ね上げさせたが、皆本は肩に置かれた手を握りしめて、大丈夫だと笑った。
 どこかそんな余裕が生まれてくるのか。賢木はそれが虚勢ではないかと皆本を穴が開くように見つめ、気づいた。
 己の手に添えられた皆本の手は、微かに震えている。皆本はもう一度笑みを浮かべて、強く賢木の手を握りしめた。
「僕を狙っているということは手荒な真似はしないはずだよ。それよりも、賢木。君だって用心してくれよ」
「は?」
「超度6のサイコドクター。賢木だって十分奴らに目を付けられる可能性がある。……いや、もしかしたらもう――」
 強がっているくせにこんな時にでも他人の心配をする皆本には、呆れの混ざった笑いしか出てこない。どこまでもお人好し過ぎる。
「……お前、わざと捕まる気だな?」
 乾いた笑いを落として賢木が詰問口調で問いかければ、皆本は一瞬息を呑んだ後に首肯で返した。
 予感はしていても、二人の中には苦いものが込み上げてくる。
「相手の実態が分からない以上放ってはおけない。向こうから誘ってきてるんだ。懐に潜り込むには絶好のチャンスだろう?」
「だが相手だって馬鹿じゃない。そんな考えも読んでるぜ?」
「それに皆本クン。相手のバックに何がいるのか分からないのよ? 傷害事件の犯人がノアだという確証もない。上に潰される可能性だって含んでる。確かに見過ごすことは出来ない相手だけど、何を相手にしようとしているのか、ちゃんと分かってるんでしょうね」
 下手に手出しして痛い目を見るのがどちらなのか、考えるまでもない。それにこれは、個人の問題で済ませられるレベルのものでもない。
「わかっています」
 はっきりと答える皆本の表情に揺るぎはない。思いつきや感情で動いているわけでもない。
 探る不二子の視線にも動じる様子もなく見返してくる皆本に、彼女の口からは感嘆の溜息が零れた。
「――わかった。私も出来得る限り根回しをしてみるわ」
「管理官!?」
「なぁに、賢木クン。あなたは反対なの?」
 下から顔を覗き込むように見上げてくる不二子に、賢木は言葉を詰まらせて後ずさった。反対しているわけではない。賢木もこれは見過ごせる問題ではないと分かってはいる。
 しかし、実態も掴めていない存在を相手に勝算はあるのか。失敗したらただでは済まない。――が、だからといって逃げ腰でいるのも性分ではない。いや、そんなことすら賢木にとってはどうでもいい。こんな無茶な真似をさせたくない理由は、ただ一つだ。しかしそれでも、賢木の言葉も届かないことを知っている。
 乱雑に髪をかき回し、溜まり込んだ遣る瀬無さを溜息で吐き出す。
「無茶だけはすんじゃねぇぞ、皆本」
「ああ。ありがとう。賢木」
 笑みを浮かべる皆本に賢木も肩を竦めて応える。優しすぎる指揮官を持つと気苦労が増えるというものだ。だが、だからこそ信頼することができるし、この人の為ならばと思える。
「それじゃ、皆本クンが考えてることを話してもらいましょうか」
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