少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者達の狂詩曲 04  

「お喋りはそこまでにして貰おうか。ザ・チルドレン。皆本光一」
「……!」
 足音も荒く部屋に踏み込んできた男達を皆本が見据える。中央に出るように歩を進める男の背後には複数の男達が控え、その手には散弾銃が構えられていた。
 皆本は睨みつけるように進み出てきた男を捉え、静かに誰何する。
「……何者だ」
 聞くまでも無く、彼らが今回の犯人であることは分かっている。それ以外にこの場に現れ、先の台詞を吐くような人物は居ない。
 そんな当たり前のことを論じるつもりも相手にはないらしく、恐らく主犯なのだろう男がクッと喉を鳴らして更に一歩を踏み出した。それを警戒するように一段と構えを低くした薫を、皆本は片手で制する。
 何故、と疑問に満ちた視線が痛いほどに刺さったが、今はまだその時ではない。落ち着かせるように薫へと笑みを見せて(それでも薫は不服そうだったが)、改めて男を射る。
 その視線を待っていたかのように、男は口元を歪めて笑みを浮かべた。
「君ならもう分かっているんじゃないのかな、皆本光一君。その上でわざわざ私達を招待してくれたのだろう?」
「……まさか、とは思いましたがね。狙い通りに行動してくれて助かりました」
 まさか、本当に釣れるとは思わなかった。皆本が犯人にちらつかせた餌は、確かに彼らが求めるものだったのだ。それを何故、と思うのは至極当然のこと。だが、皆本が幾らそれを考えたとしても答など出るはずがないということは、分かりきったことだった。
「しかし、それにしては単身で踏み込んでくるとは些か浅慮とは思うが。何か策でもあるのかね?」
 男の声には十分に余裕が含まれていた。それは、自身が優位に立っていると思っているからなのか。確かに現状のみを見れば、幾つもの銃口を向けられ、背後には未だ目覚める気配のない人質を庇っている皆本達が不利に見えるだろう。
 けれど、皆本の傍に居るのは普通の少女ではない。国が誇る超度7の超能力を持つ超能力者だ。皆本にとっての最高のチームでもある。状況を打破出来ないわけではない。形勢逆転を図れないわけじゃない。
 それを相手も知っているはずであるのに余裕を崩さず淡々とした態度で居られるのは、相手も相応に此方の心情を理解し、それなりの策を立てているからなのか。
 膠着したと思われる空気を、皆本は薄い笑みで破る。
「だとしてもわざわざ教える必要はありません」
「なるほど。正論だな。ではここは穏便に行こうじゃないか。――物騒な武器を捨てて此方に来たまえ、皆本光一」
 あっさりと引き下がった男を警戒しながら、しかし次に放たれた言葉に皆本は身体を揺らす。動揺は隠し切ることが出来なかった。皆本のその反応に、男は満足げに笑む。
 一段と主張するように銃を見せ付けられ、ついに我慢も限界となったのか薫が一歩を踏み出す。
「さっきからわけわかんねー話してんじゃねぇよ!」
「! よせ、薫――、っ!?」
 腕を前に掲げ、その少女の身体からは想像もつかない程の強烈な波動がそこから放たれる――はずだった。
 常人にも感じられるほどの強い念波を持つ薫ではあったが、今そこに、常ならばあるべきはずの彼女の念波が感じられない。その以上に皆本は困惑し、けれど焦燥が強いのは他でもない薫自身だ。焦りも隠さない薫の様子に、他の二人もその双眸を驚愕に見開く。
 ただそれだけの事実でも、皆本には十分だった。
「ECM――! やはりこれまでの事件にもECMを使っていたのか!」
 皆本の叫びが部屋に響く。
 超能力対抗措置を使っていたのだとすれば、簡単に特務エスパー達がやられていた現状も説明がつく。彼らが得意とする超能力を中和されていれば、敵に対抗する手段は己の身体能力に限られる。
 それでも経験値で言えば此方が上になるかもしれないが、ECMを使われていると言う現状に気付くのが遅れれば。隙は簡単に生まれる。
「我々のような普通人が超能力者と対等、あるいはそれ以上となるにはECMは必要不可欠だろう?」
 然もありなんと告げる男に、皆本は奥歯を噛み締めた。逸らされることのない、黒光りするその銃口が皆本に焦りを生ませる。
 どちらが絶対的優位に立っているか、男は最初から知っていたようだ。そして、皆本にそれに対抗するだけの策が見つけらないだろう、ということも。
 不安げな少女達を一瞥して、皆本は己の手から銃を放る。床にぶつかる鈍い音が、空しく耳に届く。
「皆本!?」
「皆本さん!?」
「皆本はんっ」
 同時に名を呼ばれ、皆本はどうにか笑みを少女達へと向ける。その笑みが苦く崩れていても、今はそれが精一杯だ。
 安心させるようにそれぞれの頭を軽く叩いて、大丈夫だと囁く。
「僕が従えばこの子達やこの人達には手を出さないだろうな」
「私の目的はあくまでも君だ。その為にわざわざこんな事をしているのだからね」
 不本意だ、とでもいうような表情を隠さない男に皆本は怪訝に眉を顰める。不安、ではないがどこか釈然としない感情を抑えながら、一歩を踏み出す。
 だがそれは直ぐに、阻まれる。背後から皆本のスーツの裾を掴む事が出来る人間など、限られている。縋る手をわんやりと離させて、皆本は男達を一瞥した後に少女達に向き直る。
 せめてもの情けをくれているのか単に興味がないだけか。男達に咎める雰囲気はない。恐らくECMを利用し彼女達の超能力を封じたという現実が、この少女達の認識をただのか弱い少女達だとさせているのだろう。
 力のない小娘に、銃器を所持した大人をどうこうできるはずがない、と。
 まったく、この少女達を、最高のチームを侮辱するのも甚だしいが、ここで全ての手の内を見せるわけにもいかない。計画は、全て終わったわけじゃない。
「大丈夫だって。僕を信じてくれ」
「けどっ」
 男達が言葉通り、皆本を捕らえた後に薫達に手を出さない、との保障はどこにもない。こういった交渉時にはよくある常套句であり、大概が守られないことが多い。
 だがそれでも、大丈夫、なのだ。
「君達には僕だけじゃないだろう?」
 焦れた表情を見せる薫に、これならば騙すような真似はせずに最初から全てを伝えていればよかったかと、過ぎる。だが、素直すぎる彼女にどこまでの演技が出来るか、皆本には分からない。
 頼るように紫穂へと視線を向ければ、彼女は強張った表情のまま皆本を見返す。どうやら、皆本が伝えたかった真相は理解してくれたらしい。
「……薫ちゃん。皆本さんの言うことを信じましょう」
「けどっ」
「大丈夫よ。皆本さんは皆本さんだもの」
 後押しする仲間の言葉は、薫を抑制するだけの力に成り得たのか。
 不安げな様子を残しながらも、きつく唇を引き結ぶ。しかし直ぐにその目許をきつくすると
「戻ってきたらただじゃ済まさないからな、皆本!」
「わかった。覚悟しておくよ」
 精一杯なのだろう彼女の強がりを受け止めて、皆本は薄い笑みを浮かべて踵を返す。
「別れの挨拶は済んだかな」
「ここは礼を言うべき所……でもないだろうな」
 皮肉に笑みを浮かべてみせても、男は微塵も表情を動かさない。皆本が男の正面に対峙すると、背後に控えていた男が突然歩み寄る。胡乱に思う間もなく腕を取られ動きを封じられた所で感じた、首筋へのちくりとした小さな痛み。
 その痛覚を認識した瞬間、急激に襲ってくる眠気。踏ん張るだけの足の力もなくなり、朦朧とする意識の中でどうにか男を睨みつけようとも、霞んだ視界は徐々にぼやけていく。
「な……にを…………」
 崩れる身体はそのまま誰かに支えられ、意識の遠い所で誰かが自分を呼ぶ声がする。
「安心しろ。注射したのはただの睡眠薬だ。――ただ、私が作り上げた特性の、だがね」
 睡眠薬。
 それを反芻する前に、皆本の意識はただ深い泥の中へと引き擦り込まれていった。

 男達に捕らわれた瞬間に異変を見せ、そして身体を崩れさせる皆本に薫は咄嗟にその名を呼んでいた。居ても立ってもいられない現状に、大丈夫と笑った彼の窮地にただ傍観するだけなどはできなかった。
 しかし、向けられる銃口の先にいる皆本に、踏み出した足が固まる。自分の行動によって皆本が傷付くかもしれない。そんな恐怖が薫を襲う。
「その人に何をしたの!」
「彼は眠っているだけだよ、お嬢さん。私達は彼に危害を加える気は毛頭ない」
 糾弾する紫穂も、男は淡々と交わす。
 その余裕振りが、自身の抱く焦りが紫穂は許せなかった。
「せやったらその銃はなんなん」
「お嬢さん方が下手な動きを見せないようにとの自衛だよ」
 良く理解している、と思った。自分達は皆本を盾にされてしまえば動きが鈍くなる。
「……皆本はちゃんと無事に返してくれるんだろうな」
「彼は、ね。但し、それは彼次第だ」
「どういう……」
 含みを持たせた話し方をする男が気に食わない。それはまるで、自分達など相手にされていないようにも感じる。
 薫が更に男を問い詰めようと口を開く。が、それは男の吐き出した溜息によって遮られた。呆れたような表情、仕草、雰囲気。男は全身で嘆かわしい、と告げていた。
「所詮超度7の超能力者と言えど、ただの子供と言うことか。指揮官がいなくなったと言うだけでこの様子では、彼も相当苦労しているのだろう」
 嘲る言葉に薫の頭にカッと血が上る。自分の事であればまだ許せる。だがチームを侮辱するのは許せない。そして何よりも、皆本に同情するかのような眼を向けることが、許せない。
 何も知らない他人に、自分達の関係を好き勝手に推測して欲しくない。自分達は、そんな簡単な繋がりじゃない。
「私達をただの子供だと侮らない方がいいわよ。それに、皆本さんを侮辱することもね」
「超能力の使えない君達に一体何が出来ると? ……まあいい。そろそろ時間だろう」
 明らかに見下す表情。紫穂の言葉を、男は苦し紛れのはったりと捉えたか。
 時間を気にする素振りを見せた男の次の行動を固唾を呑むようにして見ていると、部屋の外から一人の新たな男が姿を見せた。そのまま男へと何かを耳打ちして、男は控えていた人間達へと顎をしゃくって部屋の外へと追い出す。その中には、皆本を抱えた者も含まれている。
 何も出来ず、ただ連れ去られる皆本を見つめることしか出来ないことが悔しい。だが、今の自分達は皆本を信じるしかない。
「私としてはこのまま君達に危害など加えたくはないのだが、残念ながらそうはいかないのが現状でね」
「どういうことだ!?」
「君達は、一体何の為にこんな場所にやってきたのだね?」
 何故それを、と驚愕したのは一瞬。思い出した現状に顔が蒼白となる。そうしている間にも男が懐から何かを取り出し、チルドレンへと放る。
 投げ出された瓶は床で一度跳ね、狙ったように彼女達の足元へと転がりつく。その瓶を怪訝に見下ろした刹那、膝が崩れ落ちる。四肢へと力が入らない。
 床に倒れ込んだまま、だが顔は男から逸らさない。
「死傷者6名の爆破事件。丁度君達と人数は同じだ。もし予知通りとなるのなら、君達の内誰かは生き残れるだろう。……それでは、幸運を祈っているよ」
 そう最後に言い残し部屋から去っていく男を、ただ見送ることしか出来なかった。
 遠ざかっていく足音を聞きながら、迫り来ているのだろうタイムリミットに焦りが募る。地に這い蹲ったまま、どうにか手足に力を入れてみるがまるで力が入らない。超能力ですら戻る気配がない。
「く、っそ……、なんだよ、これ」
「多分、あの瓶の中に気体状の薬品が詰められてたんだわ」
 しかし意識までは奪わなかったのは、何か理由があるからなのか。けれどそれが何にせよ、碌な理由であるはずがない。
「これからどうなるん、ウチら」
 葵が不安に呟く。言葉に出さずとも、薫も同じ気持ちだろう。それでも紫穂は、違う。
「大丈夫よ」
 薬に抗うことを止め、きっぱりとそう言い放つ紫穂に二人の視線が集まる。
 そう、大丈夫だ。
 何故なら他でもない彼がそう言ったのだから。
(信じてるんだからね。皆本さん、みんな――)
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