少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  愚か者達の狂詩曲 03  

 これからどうするのか、指示を振り仰ぐように見つめてくる眼差しに、皆本は静かに息を吐き出す。胸元に忍ばせてある銃を確認し、右手に収める。ずしりと重い鉄の感触。
 確かめるように一度強く握り締めて、皆本は見つめてくる少女達を見下ろした。
「恐らく中に居るのは犯人じゃない。犯人がどこに潜んでるかはまだ分からないけど、人質解放が最優先だ。葵の瞬間移動で中に入る。だが油断はするなよ」
「よっしゃ、任せとき」
 張り切るように、自信満々の笑みを浮かべる葵に皆本は小さく頷きを送る。
 葵が能力の発動の為に右手を翳すと、その手が彼女の思念波に包まれる。それが皆本達の身体に干渉すると同時に、彼らの見る景色は変わる。瞬時に変化した景色に動じることもなく、皆本は部屋を見渡した。
 雑然と幾つかの寝台が壁に寄せられ、広げられたスペースの中央に三人の人影が見える。誰もぐったりと力なく俯き、それぞれが背中を合わせ円を作るようにして座り込んでいる。彼らが拘束されていることはすぐに分かった。
 唯一の出入り口である入り口のドアを背に彼らへと近付き、皆本は薫の念動力で縛られた縄を切らせ、三人の口を塞ぐガムテープを剥がす。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さいっ」
 近くの男に声を掛けるが、微かに呻いただけで目覚める気配はない。他の二人も同様で、目視する限りでは、三人とも衰弱し意識を失っているだけのようにも見える。身体的損傷も、大きな外傷も見られない。
 周囲への警戒を葵と薫に任せ、紫穂に三人の状態を透視させる。
「……うそ」
 信じられない、とでも言うような声で愕然と声を詰まらせて皆本に視線を向けてくる紫穂に、皆本は何も言わずにただ頷きだけを返す。その神妙な表情に、何か事情があるのだろうということは察してくれたのか――さすが状況判断が早いというべきか鋭いというべきか――それ以上口を挟むことはない。
 やはり、接触感応能力者である紫穂には知られてしまう結果となったか。
 けれど皆本とていつまでも黙っていられるとは思ってはおらず、これは丁度いいタイミングでもあったのだろう。それと同時に最悪のタイミングでもあったのだが、この時はそこまで考える余裕もなかった。
 常に最悪のことは考えるが状況は最善の形で運ぶ。実際に起こさせない為に最悪のケースを想定するのだ。
「大丈夫。ただ気を失っているだけよ」
「そうか……」
 三人を診終わった紫穂にそれだけを告げ、皆本は辺りを見渡す。
 何の変哲もない、ただの廃れた病室だ。おかしなものはないが人の気配を感じられない所為なのか日中であっても肌寒く感じてしまう。
 何故犯人はこの場所を選んだのか。爆破事件であるはずなのに、それに繋がるものが一切見つからないというのはどういうことなのか。見落としているのか、これから起こるのか。だが少なくとも、今の内に人質となっていた彼らを安全な場所に運べば死傷者6名の事件は起こらないはず。
「――ねぇ、皆本さん」
 硬い紫穂に声に、皆本は思考を中断して彼女を見下ろす。
 真っ直ぐに揺ぎ無い眼差しは、一時の沈黙は許してくれるが誤魔化しは許してくれないようだ。
「私達チームに隠し事は無しよ?」
「何いきなり言うてんの? 紫穂」
「紫穂……? 皆本、どうしたんだよ?」
 状況を読めないのは事情を知らない葵と薫だけ。――いや、紫穂も知らないという部類に入る。ただ、彼女達が知らないことを知ってしまっただけだ。状況を理解しているわけではない。
 そして、紫穂の驚きを言葉もなく受け止めた皆本は、確実に状況を理解している。あるいは、その上で彼女達へと情報は流さなかった。
 紫穂の中に広がっているだろう困惑を汲み取って、皆本は静かに吐息する。戸惑ったままの薫と葵へも視線を送って、僅かに口の端を緩めると彼女達三人を見つめて重い口を開く。
「すまない。君達に内緒にしていたことがあるんだ」
 その言葉に咄嗟にどうして、と抗議をあげた薫が、真剣な顔を見せる皆本を見つめてそれ以上の口を噤む。葵と紫穂も同様に驚いてはいたが、皆本を問い詰めるのは後だと判断したのか、今は話を聞くべきだと、続く言葉を待つ。
 一気に周囲に流れる重苦しいような空気に口の開き難さを感じながらも、こうなった今は彼女達には知る権利があり皆本には知らせる義務があった。
「今回の事件はただの爆破事件じゃない。――特務エスパーを狙った事件なんだ」
「え――」
 絶句した彼女達は、すぐさま人質となっていた男達を見下ろす。その顔に見覚えはないが、バベルの擁する特務エスパー全員の顔と名前を、彼女達とて記憶しているわけじゃない。しかし、実際に彼らに触れた紫穂は、彼らが超能力者であるということは知っている。
「それも、これが今回初めて起こった事件じゃない。これまでにも数件、特務エスパーが何者かに襲われてる」
「ちょ、待てよ、皆本!? あたし達そんなこと少しも知らないよ!」
 薫が声を荒げるのも当然だ。
 もし本当に特務エスパーを狙った事件が多発しているのならば、それは彼女達にとって他人事ではない。彼女達とて標的と成り得る特務エスパーであり、何よりも仲間が狙われているという事実がそこにある。
 掴み掛かってきそうな勢いの薫を皆本は落ち着けと宥めて、話を続ける。
「特務エスパーを狙った幾つかの事件に関連性が見つかると、直ぐに緘口令が敷かれたんだ。これは徒に恐怖心を煽らない為であり、犯人を誘き出す囮捜査をし易くする為だ。此方が警戒していれば相手は更に警戒する」
「じゃあ、この人達がそうだ、っていうこと?」
 紫穂の見下ろす先には未だ目覚めない超能力者達がいる。
「……ああ。今までの事件で狙われた特務エスパーは誰も軽傷で済んで直ぐに現場復帰してる。犯人の狙いは恐らく特務エスパーを狙うことを目的としているわけではなく、その上で起こる何か、を待っているんだと判断した」
 単なる愉快犯、と決め付けるにはあまりにも状況が出来すぎていた。
 そう断言する口振りは、つまり皆本も最初からこの囮捜査に関わっていたと言うことだ。皆本にとっても、この事件は見過ごせるものではない。いつ、自分の庇護する少女達が狙われてもおかしくはない事件だった。
 だから、内密に捜査の依頼をされても断る理由はどこにもなかった。そして独自に事件のことを調べ、始めから危険性のないことを判じた上で今回の囮捜査の案を提示した。100%無事に助かるという見込みがあったわけではないが、皆本には確信が持てていた。今回の事件の犯人の目的は特務エスパーではない。
 特務エスパーを狙うことによって表に出てくる何か、だ。
 徒に囮となる彼らに安心しろということは出来なかったが、必ず助けるとははっきりと明言できた。彼らは結局、目的の為に巻き込まれる犠牲者に過ぎないのだから。命の保障も持てた。犯人の目的の中に特務エスパーの命を奪うことは含まれておらず、そしてこれまでを見てもその必要性は皆無だ。
 総じて、その判断は正しかったのだと告げていいだろう。現に皆本の思惑通りに進んでいると言える。
「でもおかしいわ。彼らが囮だとして。そのまま何らかの外傷を負わされて解放されたらどうするつもりだったの? 彼らがただ必要のなかった傷を負うだけよ」
 囮として餌をさげたのだとしてもそのまま餌だけを持っていかれてしまえば意味がない。確実に犯人を捕らえようとするのなら、その確実な何かを用意しなければならない。
 紫穂が告げようとしていることは尤もであり、皆本も懸念した箇所である。だが、その心配も無いと言えた。
「犯人は必ず現れるよ」
「なしてそないなことが……」
 確信を持って告げる皆本に、葵が不安に漏らす。葵でなくとも、薫も紫穂も同じだろう。
 どうして皆本はそこまで犯人の行動が読めるのか。
「幾らなんでも特務エスパーである彼らが簡単に傷を負うとは考え難い」
 特務エスパーともなればそれなりに訓練は受けさせられるし場数も踏む。能力や超度によって度合いはあるだろうが、通常の任務時であったとしても易々と傷を負うような真似はない。
 だのに、幾らそれが不意を突かれていたことであったとしても、犯人の顔も見ずに襲われるだけと言うのはおかしい。念の為、接触感応能力者に被害者の記憶を透視させてみたが、その記憶の中に犯人の顔は浮かばない。
 また、同様に被害者の中に含まれていた接触感応能力者も精神感応能力者も、犯人のこれといった特徴を掴めず仕舞いでいた。
 つまりこれは犯人達が用意周到に計画を立てた上で実行されいることであり相手も相当に此方の情報を掴んでいる、ということだ。何せ特務エスパーに反感を持つ人間はいないわけではない。「普通の人々」と呼ばれる団体は顕著な例であるといえるだろう。そんな中で、特務エスパーであると言う事実を公表したまま過ごしている人物はいない。顔が割れてしまえば、本人のみならずその周囲の人間が巻き込まれる危険性も秘めているのだ。
 故に、特務エスパーの個人情報は流出する危険がないよう厳重に管理されている。また自ら公言する者もいない。
 その現状の中で的確に特務エスパーのみを狙った通り魔的な犯行が横行しているのは、相手方に此方の情報が大なり小なり漏れていると判断できる。どこからか情報が漏れたのか、或いは密偵がいるのか。
「ちょっと待ってよ。それじゃあもしかしたらこの作戦も筒抜けってことじゃあ……」
 如何にして情報は漏れたのか。現状でも情報は漏れ続けているのだとすれば。
「そう。だから囮なんだ」
 疑問を肯定してみせる皆本に、紫穂は顔色を変える。いやに逸る鼓動を抑えながら、紫穂は縋るように薫の腕を取る。敏い彼女は、もしかすれば皆本の立てた計画の一端を察してしまったのかもしれない。
 不安を露にする少女達に皆本は、かといって心配ないと告げることはできなかった。犯人の目的は掴んでいる。だからザ・チルドレンは安全だと言えるのだが、気掛かりが残っている。それを明確にするまでは不確定なことは言えなかった。
 その代わり、というように。
「大丈夫だよ。君達は僕が守るから」
 力強い言葉ではない。
 普段通りの、何気ない言葉。
「それに僕達は最高のチームだ。僕達に出来ないことはないよ」
 そうだろう、と、安心させるように笑みを浮かべれば、彼女達からは安堵のようなものが伝わってくる。チームであるという絆は誰にも断つことができない。それこそが彼女達の強みでもある。
 だから、皆本の中に不安はない。彼女達の傍に居れば表しようのない安心が得られる。それは信頼の生み出す絆があるからこそ。
「ふんっ。そんな都合のいいこと言ったってあたし達に内緒にしてたことまでなかったことにするわけにはいかないんだからな」
「せやせや! そこんとこ、皆本はんには後でたーっぷり説明してもらわな」
「そうよね。私達の事を騙そうだなんて、いい度胸じゃない?」
 先程まで見せていた不安な色は何であったのか。すっかりと普段の調子を取り戻した少女達に皆本は苦笑いを浮かべる。これでは、事件を無事に解決させてもその後が無事では済まなさそうだ。
「とりあえず、これからどーすんだよ、皆本。この人達どこか安全な場所に……」
「ああ、そうだな。あと、実はまだ君達に黙ってたことがあるんだが――」
 言葉の半ばほどから送られてくるじっとりと粘っこいような視線に、空笑いを見せながら続けようとした言葉が、突然飛び込むようにして聞こえてきた足音と姿を見せた複数の男達によって遮られる。
 現れた男達の姿に四人はそれぞれ警戒し、身構える。
「お喋りはそこまでにして貰おうか。ザ・チルドレン。皆本光一」
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