少佐と主任の三歩進んで二歩下がるお話

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  僕と彼の生きる道 05  

 熱に浮かされる。頭の中がぼんやりとして、覚束無い。
 絡めた舌の甘さに痺れて、呼吸さえもままならない。全身が敏感になってしまったかのように微かな触れ合いにさえも過剰に反応すれば頭上で零される笑い。
 ああその余裕がムカつく。そう思って肩に噛み付いても、笑いは収まらない。それどころかあやすように頭を撫でられて、頬を撫でられて、
「かわいい。皆本君」
 ちゅ、と肩口から離された口に重ねられる唇。触れた口唇にさえも歯を立てれば、噛み付き返される。まるで獣の交じり合いのように噛み付いては噛み付き返されて。けれどその全てが本気じゃない。
 身体の至る所に噛み痕を残し残されて、笑い合う。
「まったく色気がない」
「文句あるなら帰るぞ」
「へぇ? こんな身体で?」
 面白い、とばかりに口の端を持ち上げて、兵部は皆本の屹立に触れる。ああすっかり臨戦態勢だ。こんな状態で帰れるはずがない。そうだろうと、兵部は瞳で語りながらそっと屹立をなぞり上げる。
 ぞくりと腰の奥が痺れて皆本は飛び出そうになった声を耐える。くすくすと笑う声も気に入らない。自分だけが余裕がないみたいだ。そう感じてまた肩に噛み付くと、いい加減にしろと叩かれる。
「君のその噛み癖はどうにかならないのかな。お陰で身体がぼろぼろだ」
「嫌いじゃないくせに」
 知ってる。口ではそう言いながらもあながち満更でもないことを。嫌なら口を塞げばいいんだ。猿轡でも何でも使って。
 でも兵部はそうしない。嫌がる振りをしながらも皆本がじゃれ付いてくる事を楽しんでる。
「僕はマゾじゃないんだけどなぁ……」
「ああ。兵部はサドだ。でも僕だってマゾじゃないからな」
「うそつき。だったら淫乱かな? 何でも喜ぶんだもん」
「そんなことない。あったとしてもそれは兵部だからだ」
 だから違う。自分をそんな色狂いみたいな言い方するなと、皆本は兵部を睨みつける。
 真っ直ぐに逸らされない瞳。兵部の好きな眼だ。この眼に全てを奪われた。意志の強さが窺える。己の信念は変えない心の強さも。幼さゆえの無知さがあってもそれさえも乗り越えてくる。そうして成長していく様は、兵部を飽きさせない。
「君って子は……。そんなに僕を煽ってどうしたいの?」
「……さあ。僕だって一応性欲ある男だってことだよ」
「つまり、欲求不満?」
 そう直球に言ってくれるなと今更のように皆本が羞恥に頬を染めると兵部はそれを正確に読み取ってくれたらしい。顔がにやけている。
 求める事自体は、嫌いじゃないし好きならば全てを求めるのは当たり前だとも思う。肉体のみの繋がりだけではないということも当然分かっていても、それでも人並みに肉欲はある。だからそれを満たそうと兵部を求める。
 ただそこに躊躇いや戸惑いを抱いてしまうのは、皆本が兵部を受け入れる側であるからだ。好きなことに変わりはない。受け入れる事が嫌なわけでもなく、皆本は与える側であったのだ。
 それが兵部との関係を結ぶ事によって受け入れる側になったから、それを甘受しにくいだけで。未だに慣れることはない。
 それに男としての本能が消えたわけでもない。
「僕だって兵部を抱いてみたいってこと」
「やだよ。皆本君はずっと下。僕だけに抱かれるの。これは一生使わせない」
「んっ、い、た…ぁっ」
 胸部に愛撫を与えていたはずの手が下がって、また中心に触れられる。手加減はしてくれているのだろうがそれを強く握り締められて、皆本は全身を強張らせる。
 強張らせながら、それでも皆本は歪んだ顔で兵部を真っ直ぐに見つめる。
「ヤだ。兵部だって……、わかるだろっ。僕も上がいい……アッ」
「へぇ……。皆本君が騎乗位でヤってくれるの?」
 正確にその意味を理解しているくせに、兵部は笑い顔でそんな事をのたまう。睨み付けても表情は変わらない。悔しくなってふいと視線を外せば、あやすように施される口付け。
 こんなもので絆されて堪るかと意識を逸らそうとしても、兵部の舌は的確に皆本を攻めてくる。どこがいいのかなんて兵部には既にお見通しなのだ。歯を立ててやろうとしてもその前に逃げていくから中途半端に苛立ちが募る。
「兵部っ」
「皆本君の気持ちは分からなくはないけど、一生譲歩なんてしてあげない。僕がここだけで満足させてあげる」
 そっとなぞり上げられたのは本来は排泄器官である場所。受け入れるはずのない場所で、兵部を受け入れる場所。
「満足しなかったら?」
「そんな事絶対に無い。でももしそうなったら……、考えてあげる」
「考えるだけ、だろ? 兵部の意地悪」
「皆本君への愛故、だよ。浮気したりこれ使ったら許さないからね」
 再び口付けられて、皆本は身体の力を抜く。皆本の願いはきっと一生叶わない。そんなことは、分かりきっている。だけどそれを口にして兵部を困らせてみたくなる。
 正直に言えば最初はその欲求も強かったけれど、今はそうでもない。これも妥協だろうか、よく分からないが、兵部に抱かれるのは嫌じゃないから。兵部を見上げるのは慣れてしまった。お陰で見下ろす事には慣れない。
 更に言うと気持ちよくなってもらう自信もなかったりする。だからそんな日が一生来なくても別に構わない。兵部がずっと皆本の傍に居るのなら、それでいい。
「ぁ……、ね、兵部……」
「んー? そろそろ名前で呼んでよ、光一。さっきの続き?」
 両脚を限界まで広げられて、その間に兵部が入り込む。脚を抱えられて付け根の辺りに口付けられると、指を丸めて筋が強張る。
 全てを見られているという羞恥に、無駄と知りつつも顔を背けてしまう。
「ぅん…っ。京介さん…っ」
「なぁに?」
 言葉を返す兵部の声がひどく甘ったるい。わざと屹立には触れずその周囲の敏感な場所にばかり触れてくる唇に、身体が勝手に戦慄く。期待に揺れてしまっても、皆本にはどうすることも出来ない。
 早く、と強請りたくなるその唇で、煽る言葉を吐く。
「自分で弄っても……、だめっ……?」
 ぴたりと、太腿に口付けたまま兵部の動きが固まる。ああ肌に触れる髪がくすぐったい。
 暫くの間沈黙が流れてゆっくりと抱えられた足をシーツの上に下ろされると深い溜息が下から聞こえてくる。変な場所で溜息を吐くな。勘違いするじゃないか。
 覆い被さるように兵部は皆本を正面からじっと見下ろす。その顔は呆れ顔に近い。
「……君ってやっぱり淫乱だろ」
「酷い言い掛かりだ」
「酷いのは君だよ、まったくもう……。これ以上好きにさせてどうしたいの」
「どうもこうもそれ以外の理由がない」
 つまりはただ、それだけだと。
 きっぱりと言い放つ皆本に兵部はしばらく固まって、破顔する。
「恥かしがりの癖に妙に大胆というか積極的なんだから」
「それは京介さんが悪いんだろ。どこでもお構いなしなんだから」
「そうだね。本当、君を素直にさせるにはベッドの上が一番だよ」
「熱に浮かされてるんだ。こんなの僕じゃない」
「うん。それでもいいよ。……ほら、力抜いて?」
 簡単に受け流す兵部に些か不満げな様子を見せながらも、皆本は素直に身体の力を抜く。腹の上に落とされた冷たいジェル。その冷たさにひくりと震えれば笑いが落ちてくる。
 人肌に温められたそれの行く先は一箇所しかない。入り込んでくる異物感はやはり慣れないが、そのうちに気にならなくなる程の熱が身体を支配していく。
 また熱に浮かされていく。だけどそれはこれまでの比じゃない。気持ちよくて、だけどもどかしくて、何かが違うと訴えてくる。何が違うのか、皆本はとうに分かってる。でもそれだけは口にしない。その代わりに全身で訴えている。
「あ、あぁ……、あっ、きょうすけ……」
 ぐ、っと押し込まれる指先にいやだ、違うと首を振る。滲んでくる涙に歪む視界の中で震える腕を伸ばせば、肩へと導かれる。だが皆本は肩に縋るのではなく首に巻きつけて距離を縮める。
 一瞬肌に触れた屹立から痺れが全身に伝わってくる。とろりと蜜の溢れる感触さえ感じ取れる。
 呼吸が上がる。渇く喉を唾液で潤しながら皆本は口元にある耳朶に歯を立てる。瞬間、強張った兵部の指が内部を押し上げて嬌声が迸る。
「きょ、すけさん……っ、も、だめ」
「なにがだめなの?」
 そろり、とまるで焦らすように内部で指が蠢く。意地悪な笑みを浮かべて、兵部は皆本に噛み付き返す。途端に、指を咥える蕾がきゅうと締め付ける。
「……い、じわるな京介さんは嫌いだ」
「僕は素直な光一が好きだけどなぁ……」
「……もういいっ。自分でするッ」
「だーめ」
 首から腕を放して下肢へと伸ばすと、その途中で兵部に捕まえられる。恨みがましく睨むと苦笑に近い笑みを浮かべられ、指が抜かれる。そして宛がわれた、他人の熱。――皆本が、欲していたもの。
「坊やが自分でしてる所も見たいけど、僕も限界。それはまた今度見せてね」
「誰が――、あ、ああぁあぁッ!」
 拒否する声は、侵入してくる熱に嬌声へと変えられる。身を裂くような痛み。解されているお陰で幾分かはスムーズに入るといっても、痛みが消えるわけじゃない。
 それに内部から圧迫してくる異物は、兵部だから受け入れられるものだ。そうでなければ、誰がこんなもの。
「動いていい?」
「んっ、動い、て……」
 苦しそうに言葉を吐き出す口を、そっと塞がれる。積極的に舌を絡ませて主導権の握り合いを愉しみながら、緩やかに犯されていく。
 出入りする熱に、身体は作り変えられつつある。だからその言葉でいい。
 交じり合う事は許されない禁忌。
 自然の摂理を無視した背徳。
 それらを犯して、自らも犯し犯されて、一つになれないものが一つになれたと錯覚する。
「京介さん……っ、も、でる……!」
「いいよ、出して。僕もいっぱい出してあげる」
「ぃやっ、あ、あっ、――ンッ」
 皆本が吐き出したのと少し遅れて、内部に注がれる体液。余韻に震える身体から、抜き取られる兵部の一部。それでも体内に残された、彼の種。
 充足と喪失。どちらが大きいのかは分からない。
「まだ足りなかった?」
 それは抜き取られる瞬間に皆本の見せた表情を揶揄する言葉。だから皆本も負けじと言い返す。
「京介さんこそ足りないくせに」
「当然。今度は乗ってもらおうか」
「お断りだ。……抱いて、京介さん」
 力の入らない身体を起こして、首に縋って肌を食む。しっとりと汗ばんだ肌は最初の頃に比べれば少ししょっぱい。
 ちら、と上目で見つめれば仕方ないとばかりに微笑まれ、背中はまたシーツに沈み込む。
「光一明日仕事は?」
「……程ほどにお願いします」
「じゃ、お互いすっきりして明日も頑張ろうか」
「……ここで頑張りすぎるなよ、若作りなんだから」
「一言余計。それってリクエスト?」
「ない。それはない。絶対にありえない」
 どうでもいいから早く、と熱の冷めそうな身体に皆本からキスを仕掛けると、深く貪られる。

 そのキスを受けながら、目下の心配事である明日の現実は頭の隅に追いやる。今だけは、何もかも忘れてしまえばいい。
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