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  幸せ家族計画 17  

 リビングに入ると、ソファに座った人影に兵部は意外に目を丸くした後にふっと頬を綻ばせる。
 入ってきた人物に気付いていないのか、振り返ろうとはしないその人にそっと忍び寄る。近付いても気付く様子を見せない皆本に怪訝に首を傾げてその顔を覗き込んで、兵部は仕方がないというように苦笑する。
 テレビを見た格好のままソファに座るその人は、どうやら転寝をしてしまったらしい。こんなところで寝てしまうくらいならば先にベッドに入っていればよかったのに。
「風邪引いても知らないぜ?」
 少し潜めた声にも皆本が反応を返すことはなく、兵部はふむ、と口元に手を当てて考える素振りを見せると、しばらくしてにやり、と悪巧みを思いついた子供のような顔を見せた。
 気配を消し、足音を忍ばせて、兵部は皆本の隣に移動すると、そっと顔を近付け――
「ぅわっ」
 びくっ、と肩を跳ねさせ、皆本は左耳を押さえて勢いよく立ち上がる。一体何が起こったのか状況を把握し切れていないように、慌てて状況を把握しようと左右を見渡す。
 きょろきょろと部屋を見渡していた皆本がすぐにソファに伏して上半身を小刻みに揺らしている人影に気付く。
「兵部!!」
「転寝してると風邪引くぜ?」
「起こすにももっとマシな起こし方あるだろう!?」
 くつくつと笑いを零しながら注意を促すも、説得力に欠ける。
 真っ赤な顔をして警戒を見せる皆本に兵部が笑みを抑えて立ち上がると、皆本が僅かにたじろぐように身体を揺らした。
「ただいま」
「……おかえり」

 食卓に並べられる一人分の夕食――既に夜食か、に兵部は隣に立つ皆本を見上げ、正面の席を指さす。
「付き合ってくれるんだろ?」
 早く寝ることも可能だったのに起きていたのはそういうことなのだろう、とにっこりと笑う兵部に皆本はしばらく無言で立ち尽くしていたが、ふいと何も言わずに踵を返していく。
 しかしリビングから出ていくのではなくキッチンに入った皆本は、コーヒーを淹れたカップを持って戻ってくると兵部の指さした席に腰を下ろす。
「いただきます」
「……召し上がれ」
 どこか憮然としたような表情のままの皆本の横顔を見つめながら、兵部は一人遅い夕食をとり始める。
 既にテレビが消されたリビングには、ぽつりぽつりと二人の会話が響く。
 だがふと、兵部は箸を止めると、じっと皆本を見つめ出す。
 じっと向けられたままの視線に皆本が根負けして顔を向けるまで続けられ、振り向いた皆本に兵部はにこりと笑みを見せる。
「ねぇ、皆本君」
「断る」
「僕まだ何も言ってないんだけど」
 苦笑しながらそう返す兵部に、皆本は居心地悪そうな、今すぐにでも立ち去りたいと言うような顔を見せる。兵部を見つめる双眸は、何を言うつもりだと警戒が滲んでいる。
「あーんして?」
「断る!」
「断ることを断る!」
「なんだよそれ! っていうか何で僕が!?」
「ほらほら。あんまり大声出すと子供たちが起きてくるぜ?」
 兵部の正論に、皆本がぐっと押し黙る。
 無言の睨み合いを続け、根負けするのは、やはり皆本だ。
 奪うように兵部の手から箸を取ると、せめてもの仕返しとばかりに兵部が除けていた野菜を摘み、兵部の口元に運ぶ。
 一瞬、兵部の目が口元の野菜に向かうが、真っ赤な顔をした皆本を見つめると、ふっと頬を綻ばせて口を開けた。摘んだ野菜が兵部の口の中に消えると皆本はさっさと箸を引いて兵部へと突き返す。
「残さず食えよ!」
 茹で蛸のように真っ赤に染まったままの顔で言い放ち、皆本は立ち上がると逃げるようにリビングを後にする。勢いよく開けられたドアが閉まるときには速度を落として極力音を出さないように気を遣っていることに気付いて、兵部は耐え切れずに噴き出す。
「まったく……、可愛いなぁ」
 くすくすと笑いを零して、兵部はしっかりと時間を掛けて夕飯を味わって食べながら、布団の中で篭城しているだろう皆本をどう懐柔しようかと、策を巡らせた。
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