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  幸せ家族計画 01  

「ただいまぁ」
 ぐったりと疲労した身体を引き摺って、明かりの灯った家に帰る。
 リビングのドアを開けると、途端に賑やかな声が飛んできた。
「お帰り、皆本さん」
「おかえり、みなもとー」
「お帰りなさい。皆本さん」
 三者三様の、それでもそれぞれ嬉しそうな笑みに迎えられて肩に乗っていた疲れが消えていく。念動能力を使って身軽に飛んでくる幼い身体を抱き止めて、そのふわふわの髪を撫でてやると蕩けるような笑顔を向けられる。
 それに釣られるように皆本も笑みを浮かべるが、人差し指で軽く額を小突く。
「こら、葉。家の中で超能力使っちゃだめだって言っただろ?」
「……ごめんなさい」
 抱えた身体をしょうがないとばかりの表情で見上げてくる紅葉に預けると、直ぐに隠れるように背中に回る。しかし皆本の忠告もあってか、その足はちゃんと床についている。
 偉いぞ、と頭を撫でると照れたように頭を下げる。その様子を微笑ましく見つめながら、皆本は紅葉と司郎の頭を撫でた。
「すぐにご飯作るからな」
「手伝うよ、皆本さん」
「ありがとう、司郎。紅葉は葉と一緒に……」
「わかってるわ、皆本さん。葉、行くわよ」
 葉の手を引いてくるりと背を向ける紅葉に小さく苦笑して、皆本は司郎へと目を向ける。
「着替えてくるからちょっと待っててな」
「うん」
 素直に頷く司郎に笑みを零して、皆本は一度自室に足を向けた。

 この家で暮らしている子供達は、別に皆本の歳の離れた兄弟であるとか、ましてや実子というわけではない。
 数週間前にバベルによって保護された、超能力者の孤児だった。本来であればそのままバベル管轄の施設で育てられるはずであったのだが、色々とあり皆本が預かることになったのだ。
 それぞれ超能力の超度も高い彼らはいずれは特務課に身を置き、特務エスパーとして活躍することになるだろう、というのが局長の見立てであった。その時は皆本が現場運用主任になるだろう、という話も聞かされている。
 まだ先の話ではあるだろうが、なるべくなら子供時代はそのまま穏やかに過ごさせたい、というのが皆本の本音であるがそれがどこまで認められるのか。やはりまだ超能力者にとってこの世界はまだ少し住みにくいようだ。
「ほら、ふたりとも。ご飯出来たぞー」
 テレビに夢中になる紅葉と葉に向かって声を掛けると、慌しくテーブルに向かってくる。そしてテーブルの上の黄金のふわふわのそれを見て、二人の顔が一気に綻ぶ。
「今日はオムライスなのね」
「オムライスっ」
「ふたりとも好きだろう?」
 はしゃぎように笑みを隠さずに問い掛ければ、二人とも嬉しそうに頷く。これまでの食生活も碌でもないものだったのか、紅葉や葉だけでなく司郎も一般的に子供の好きそうな料理は食べたことがなく、こういうオムライスやハンバーグ、カレーを出してやると心の底から喜んでくれる。
 味付けもそれぞれの好みに合わせて多少変えてあるから残さずに綺麗に食べてくれることは作り手にとっても喜ばしい。
 皆本の隣に葉が座り、その向かいに司郎と紅葉が座る。それぞれ手を合わせていただきます、と告げると一斉にスプーンを手に取る。
「葉、急いで食べなくても誰も取らないからゆっくりな」
 ぎゅっとスプーンを握り締めて黄金の山を崩し頬張っていく姿に、皆本は口周りについたケチャップを拭き取りながら落ち着かせる。
 大人しく口を拭かれていた葉も、改めて目の前のオムライスに目を移し、今度はちゃんと少しずつ掬い取って綺麗に食べていく。どうだ、とばかりに視線を向けられて、苦笑しながら頭を撫でる。その時に頬についていたご飯粒はお愛嬌だ。
 指でそのご飯粒を取りながらも、他の二人に目を向けるのは忘れない。
「こら紅葉。グリンピースもちゃんと食べなさい」
「……だっておいしくないんだもん」
「一緒に食べれば大丈夫だから」
 ね、と微笑みながら促すと紅葉は渋々とスプーンでご飯と卵と、グリンピースを掬い取ってえい、と口の中に頬張る。目を閉じてもぐもぐと口を動かし、ごくりと飲み込むのを見て、皆本は手を伸ばして頭を撫でる。
「よく出来ました」
 誰かに褒められるという経験もそうないのか、褒めてあげると三人とも照れ臭そうに笑うのが印象的だった。今ではすっかり素直で明るい子達であるのに、ただそれを環境が許さなかったのだろう、と思うともう少し早く見つけてあげたかった、と思う。
「……どうしたんだい? 司郎」
 おいしそうにオムライスを頬張っていく紅葉と葉を他所に、司郎の進みは遅い。苦手なものはなにも入れていなかったはずだし、体調がそう悪いようにも見えないのだが。
 もう一度同じように問い掛けると、ぽつり、と言葉を落とす。
「ごめんなさい、皆本さん」
「え?」
「だって、やっぱりそれ……」
 呟く司郎の視線の先には、皆本の前にあるオムライスだ。形は三人のものに比べて歪で、焦げも見える。
 しゅん、と落ち込む司郎の前で、皆本はそのオムライスを掬い取って、咀嚼する。
「おいしいよ」
「……本当?」
「うん。だって司郎が一生懸命作ってくれたじゃないか」
 料理中に自分もやってみたい、と司郎が呟いたのをきっかけに、初めて彼が料理したもの。それがおいしくないはずがない。
 しかし司郎は、形の悪さや多少焦げてしまったことを気にしていたらしい。
「おいしいよ、司郎。ありがとう」
「……うん」
 もう一口、咀嚼してそう言うと司郎は照れたように頭を下げて、もそもそとオムライスを食べ始める。
 その姿を微笑ましく見ていると、隣と斜め前からじっと見つめてくる視線を感じる。首を傾げつつ葉と紅葉を見ると、その顔は怒っているのか拗ねているのか、頬が膨れている。
「司郎ちゃんだけずるい! 私も皆本さんにご飯作りたい」
「おれも! 作る!」
 身を乗り出すようにして告げる二人に皆本は面食らったように目を丸くして、すぐにふわり、と笑みを浮かべる。その瞬間にどき、と三人の顔が赤らむ。
「じゃあ、今度の休みの時に皆でご飯作ろうか」
「……楽しそうだけどそれじゃだめ」
「えぇ? どうして?」
「だって、私たちが作ったものを皆本さんに食べてもらいたいの」
 そう言って軽く目を伏せる紅葉に皆本の目がふっと柔らかに細められる。
「うん。わかった。じゃあ、楽しみにしてるね」
 微笑む皆本に三人ともが笑みを浮かべ、賑やかな食事は再開される。


「――っていうことがあったんだよ」
 子供達も寝静まった深夜近く、やってきた来訪者に皆本は楽しげに夕食の席でのことを聞かせていた。その来訪者――兵部はふぅん、と相槌を打ちながら出来たてのオムライスを掬う。
「成る程ね。だから三人のベッドの上に料理の本が散ばってたんだ」
「ご飯の後に紅葉が貸してって言ってきたからね」
 すっかりとやる気満々になった三人を見ていればまだ危ないから、とは言えない。それにその時はどちらかが傍にいてやればどうにかなるだろう。包丁や火を使わなくても簡単に出来る料理も幾つかはある。
 後で子供部屋の様子を見に行こう、と考えながら、皆本は珈琲の入ったカップを持って兵部の差し向かいに腰を下ろす。
「すっかり主夫が板についてきてるんじゃない? 光一パパ」
「やめてくれよ、兵部。二十歳で子持ちだなんて……。それに司郎なんて僕の半分だぞ?」
「いいじゃないか。三人とも懐いてるんだし。でもパパっていうよりママかもね。今日のオムライスも絶品」
 楽しげな、からかい半分の言葉に皆本はぐったりと肩を落とす。仕事と子育ての疲れを兵部の所為で一気に思い出したようだ。
 だがいつまでも凹んでいれば余計に疲れると身体を起こして、ふと兵部へと手を伸ばす。行儀悪くスプーンを咥えたまま兵部は皆本の行動を見つめ、カラン、と呆然と開けられた口からスプーンを落とす。
「行儀悪いぞ、兵部」
 落ちたスプーンを見遣って眉を顰める皆本に、けれど兵部はそれどころではない。
「……み、なもと、くん?」
「なんだ?」
 怪訝に皆本は兵部を見つめ、何故か兵部の顔が赤らんでいるのにじっと凝視する。しかしすぐに、それが伝染ったかのように皆本の顔も真っ赤に染まる。
 そして今更慌てたように立ち上がる。
「い、いや! いや違う! ささ、さっきのはだな、葉にも同じようなことをしてやってたからついその癖で――」
 顔の前でぶんぶんと両手を振り頭も振るが、顔に集まった熱は全然引かない。
 二人ともが顔を真っ赤に染めて、それぞれ相手を見ないように視線を外す。どうにもこうにも奇妙な沈黙が暫く流れる。
 しかし、兵部はふぅ、と息を吐いて立ち上がり、床にまで落ちてしまったスプーンを拾い上げる。キッチンへと向かう背中を見送りながら、皆本も頬の赤みは引かなかったがとりあえず椅子に座る。
 兵部が戻ってくると奇妙な沈黙の中、ただ兵部の食事を進める音だけが響き、皆本は気まずく珈琲を啜る。
「どうせなら舐め取ってくれてもよかったのに」
 ぽそり、と呟かれたその声に危うく珈琲を噴出しかける。
「――ッ!! そっ、そんなことするか!」
「どもってるぜ、皆本君。それに、大声出すと子供達が起きる」
「あ」
 慌てて口を噤み、兵部を睨みつける。無言の抗議も笑みに跳ね返されるが、気まずい雰囲気は払拭されていた。
「ごちそうさま、皆本君。おいしかったよ」
「あ、ああ」
「で、一緒にお風呂に入ってくれるんだよね?」
「はぁあ?」
 シンクへと食器を運ぶ兵部を顔だけで追いかけて、怪訝な声を出す。顔がまた赤らむのを意識しながら見つめていると、兵部は蠱惑的に微笑む。
 次の瞬間には瞬間移動で皆本の目の前にまで現れて、くい、と顎を引き上げられる。
「その為にまだ入ってないんだろ?」
「ばっ、ちが……っ!」
「照れなくていいって。本当献身的な奥さんだね。お礼に僕が隅々まで洗ってあげる」
「いらーんっ!」
 くすくすと、兵部の楽しげな笑い声を響かせながら、今日もまた夜は更けていく。
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