解き放たれる、無限の可能性

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  たまには雨も悪くない 後編  

「んっ……ん…」
 絡めていた舌を蠢かせると、くぐもったように水音が響く。その背後では少しずつバスタブの水嵩を増そうと蛇口からお湯が溢れて、身体があたたかい湯の中に浸かっていく。
 頬が上気するのは内側から身体が温まり、血行がよくなっているからか。だが、身体が温まっているのは湯の中にいるだけのせいか。
 しっとりと重く水気を含んでいく髪に指を差し込んで、離れようとする皆本を引き留める。そうして大きく開けた唇で、齧るように皆本に口付ければ、支える頭がびくりと揺れ動いた。
 ヒノミヤ一人でも狭く感じるバスタブの中で、皆本の身体も抱えていれば更に狭い。必然的に肌は触れ合うしかなく、そうしたどことない気恥ずかしさが昂揚していく気分に拍車をかける。僅かでも身動きをすれば相手に伝わる。擦れる肌に、どうしようもなく意識する。
 互いに合わせ辛い、羞恥する視線を交わして、唇を重ねる。会うのが久し振りであれば、身体を重ねるのも久し振りだ。キスをすることは出来ても、じっくりとその肌を堪能することは出来なかった。
 懐かしい感触に、ようやく安堵しているような気がする。自分で決めたこととはいえ、一人で旅を続ける中では、やはり寂しさを感じることもある。自分の探すものが、終わりと出来るものが見つかるまで避けることも出来たが、何事にも休息は必要だ。時間はまだある。急ぐ必要はない。
 舌を擦り合わせながら、ヒノミヤは自分の膝を跨ぐように座った皆本の腰を支え、更に深く唇を重ねた。息苦しそうに上げられる抗議を申し訳なく思っても、すぐに頭の片隅へと気遣いは追い遣られる。
 皆本も、ヒノミヤの背中に爪を立てながらも、抵抗する気配はない。
 このまま穏やかに、ただキスを繰り返すだけでも満たされる。それは皆本も同じ気持ちだろう。でも、もっと触れ合いたいと、一緒に気持ちよさを感じたいとも、思っているはずだ。ヒノミヤも、――皆本も。
 腰を支えたまま、もう片手でヒノミヤが皆本の股間を弄ると、怯えるように上に乗った身体が逃げる。それを腰を支えた手で押さえ込んで、熱を持ち始めた皆本のそれを握り締めると、上擦った声が反響した。
 強張る身体を抱き締めて、ヒノミヤが耳元で熱く息を吐き出すと、皆本が全身を震わせる。
「なぁ、アンタも……」
 欲情を自覚した声は、どうしようもなく掠れて響いた。
 皆本は首を竦めて吐息を揺らし、ヒノミヤの胸を辿るように、肩に縋っていた手を下ろしていく。熱く漲ったそれにおっかなびっくりと触れて、指先が優しく包み込む。
「キスだけでこうなるのか」
 楽しそうに、どこか子供っぽくも呟いた皆本に、ヒノミヤは手の中のそれを軽く擦る。
「アンタもだろ。人のこと言えねぇよ」
「んっ、別に……僕は自分のことを棚上げにはしてないだろ」
「屁理屈だな。――って、俺とのキスで興奮するってのは自覚ありか」
 ヒノミヤが気付いたようにそう告げた瞬間、腰の引けそうな痛みが走り、呻き声を洩らす。たまらず前屈みになって痛みを耐えていると、ふん、と素気無く鼻を鳴らされる。
「君は一言余計だ」
「だからってこれはないだろ……」
 少しずつ引いていく痛みに、だが簡単には消えそうにない痛みにヒノミヤが恨みがましく皆本を見つめてやれば、自業自得だという顔をしながらも皆本は僅かに瞳を揺らす。後悔――ではないが、やりすぎたとは思っているのだろう。
 脅すように、皆本のそれを少し強く握ってやれば当然か。
「反省したか?」
 それでも、皆本が紡ぎ出す言葉は強気に聞こえる。
 だからヒノミヤも、それに応戦する。
「いんや。――興奮した」
「なっ、バカか、君はっ……!」
 身体を仰け反らせた皆本を、腕を掴んで引き戻す。大きく揺らされたバスタブの中の湯が外へと溢れ出しそうになっていることを視界の端に留めて、手を伸ばしてコックを捻る。
 湯を張っていた音がなくなると、一気に静寂が広がる。ぽちゃん、と蛇口に溜まっていた水滴がバスタブに零れ落ちたのをきっかけにして、羞恥にどうすることも出来ず固まっていた空気が溶ける。
 どちらからともなく息を吐いて、ヒノミヤが皆本の背中を軽く引き寄せると、皆本も大人しく腕の中に収まった。気まずさを誤魔化すように――いや、単にしたくなったから口付けて、仕切り直す。
「ぁ――くぅ、んっ」
 皆本をヒノミヤの背後にあるバスタブの縁に掴まらせて、腰を浮かせる。ヒノミヤは重ねていた唇を滑らせて、しっとりと濡れた首筋を辿り、胸の突起に舌を伸ばす。
 ヒノミヤに覆い被さるように伸ばされた皆本の両腕は快楽に息を零すたびに頼りなく震えて、崩れそうな上体を必死に支えている。楽にしてやりたいとは思うが、切なく眉を寄せて耐える姿を眺めるのも、悪くない。
「あっ、そこっ……」
 ヒノミヤが窄まりに触れると、皆本は背中をしならせていやいやと緩く首を振った。だが湯の中で多少柔らかくなっていたそこを指に揉まれると、簡単に指先を含んでしまう。
 中から軽く突き上げてやれば、耐えきれずに皆本の身体が崩れ落ちてくる。それを受け止めながら、ヒノミヤは腰を密着させる。
 互いの欲望が擦れて、内側に篭もる熱が吐息に混ざり溢れた。


 バスタブの中で互いに身体を高め合って、ヒノミヤと皆本は濡れた身体を拭うのももどかしくベッドへと縺れるように倒れ込んだ。
 積極的に、身体を疼かせる熱を逃がしてしまわないように執拗に舌を絡めて、ヒノミヤは解した皆本の中へと熱く滾ったものを押し込んでいく。皆本は苦しさに小さく喘ぎながら、ヒノミヤの肩に縋る。
 背中を引っ掻く爪の感触に促されて、ヒノミヤは一息に皆本を貫いた。きつい締め付けにヒノミヤも息を詰めながら、ビクビクと身体を震わせる皆本を堪能する。
 苦しさに喘ぐ皆本の髪をかき上げ、そこに軽く口付けてヒノミヤは慎重に腰を揺らした。繰り返しゆっくりと内奥の粘膜と襞を擦ってやると、苦しく吐き出されるだけだった皆本の吐息に熱が混ざり始める。
「っく、はっ……、ああ――」
 そんな他愛もない変化が、甘く痺れるように気持ちいい。愉悦を覚えて、もっとと欲してしまう。繋がり合うことで、何かが満たされていくような気がする。
 収縮を繰り返す内奥を丹念に、夢中で突き上げる。途中締め付けが一際強くなったことには気付いていたが、ヒノミヤはひたすら腰を打ちつけた。
 切羽詰まったように、鋭く上がる声を聞きながら、愉悦に酔い痴れる。
「たまんねぇよな、アンタ」
 内奥深くまで熱を捻じ込み、小刻みに奥を突き上げてヒノミヤが囁く。涙の膜を張って見上げてくる目許にキスをして、ヒノミヤは無防備に見つめてくる皆本に小さく笑う。
「すげー気持ちいい」
「……いちいち言うことか、そんなこと」
「言いたくなったんだからしょうがねえだろ」
 そっぽを向かれて露わとなった首筋にヒノミヤが顔を埋め、愛撫を施す。皆本がくすぐったそうに身体を捩らせ、頭を撫でられた。
 優しく髪をかき乱す指にねだられて、ヒノミヤは熱っぽく唇を滑らせながら皆本を刺激する。収縮する内奥をじっくりと擦ってやれば、耐えきれなくなった指が髪を強く握り締める。
 ゆっくりと、だが性急に熱を上げて、ヒノミヤは皆本の足を抱え直すと激しく腰を突き上げた。たまらずに腰をくねらせて喘ぐ皆本をヒノミヤは目を細めて観察し、恥ずかしそうに睨み付けてくる目に笑う。
 どんなに勝ち気であろうとしても、ヒノミヤに煽られ昴った欲望も、律動するたびにそこから垂れる雫も、ヒノミヤには丸見えだ。見られていると感じてきつく締め付けてくる内奥も、恥ずかしがる皆本もたまらない。
「あっ、ひ、のみやっ…、ヒノミヤっ」
「もっと呼べよ。俺の名前。アンタにそうやって呼ばれるとなんかたまんねぇ」
 言いながら、力強く内奥深くを突き上げた瞬間、皆本は極まったように声も上げられず身体をビクビクと震わせる。絞り上げるような粘膜の蠕動に、ヒノミヤも逆らわずに誘われるまま、欲望を皆本の中で弾けさせた。
 互いに荒く乱れた呼吸を繰り返して、身を捩ろうとする皆本を押さえて口付ける。拒もうとするその口腔に舌を捻じ込んでやれば、観念したように皆本も舌を擦り合わせてくる。
「そういや、時間は大丈夫か?」
「……服を乾かす時間が必要だろう」
 シャワールームに脱ぎ落とした服は、未だそのままだ。
 それが口実に過ぎないことは理解している。皆本が帰ろうとするなら、ヒノミヤがそう言って引き留めていただろう。
「んじゃ、服が乾くまでな」
 気だるそうに横たわる皆本に、遠慮なくとヒノミヤがのしかかって胸元に唇を押しつける。呆れたような気配を隠さずにそれを受け止めた皆本が、ヒノミヤの背中を撫でる。
 その手つきはじゃれつくペットを愛でているような感覚にも思えて、ヒノミヤは憮然としたそれを皆本の胸の突起を甘噛みして訴えた。
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