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  しおからい  

 背中からのしかかってくる体を、皆本は肘を使って押しのけた。皆本の抵抗に僅かに動きを止めたその隙に逃げ出そうとするが、巻きつけられた腕までは緩んでいない。それどころか笑いながら、締め付けられる。
「何が嫌なんだ?」
 耳元で囁いた唇がゆっくりと首筋を辿り、うなじに吸い付く。所有を残そうとするほどのものではないが、今の皆本にはそれすら堪らなかった。
「嫌……に、決まってるだろっ。シャワーもまだ……」
 陽の下に出れば珠のように滲む汗。室内で快適に過ごしていたとしても、この時期はちょっと忙しく駆け回っただけでじっとりと汗をかいてしまう。
 そんな清潔さとは離れた肌を直に舐められて、嫌悪とも言い難い拒絶感を抱いても仕方のないこと。けれど皆本のそうした潔癖な心情を兵部は鼻先で笑い、嫌がる皆本をからかうように舌を這わせてくる。兵部にそうした気遣いや思いやりを求めたのが間違いだったと、認めざるをえない。
「ああ。しょっぱいね」
「だからっ」
「もっと君の味を味わわせろよ。これもお前だろう?」
 時折兵部が口にする抽象的な台詞は、抽象的すぎてすぐに理解することが難しい。そうして皆本が兵部の言葉に囚われ、抵抗を忘れている間に体を締め付けていた手が胸元を弄り始める。
 皆本が兵部の言葉を咀嚼し終えた頃には、ネクタイは解かれ、シャツのボタンも外されていた。まだ柔らかく慎ましやかな乳首を縊り出そうと蠢く指先に、皆本は我に返って身を捩った。
「やめっ、兵部――!」
「どうせ汗をかくなら今流しても一緒だろ。それとも、お風呂でしたいとか?」
 明らかに皆本をからかった口振りで兵部が嘯く。その間も兵部の指は皆本の乳首を尖らせようと弄り続けていて、文句を言う為に開いた口から鋭い息が零れた。
「っ。一緒じゃな、ぁっ、……気分の、問題だ」
「まったくわがままな坊やだな」
「現時点でてめぇのわがままを押し通そうとしてるヤツに呆れられたくねぇよっ!?」
 首を捩って怒鳴りつける皆本に、兵部がやれやれと肩を竦める。まるで皆本こそが兵部を困らせている――正論は兵部にあるようなその仕草に、堪忍袋の緒が切れるのも近い。
 だがその直前、皆本の怒りを削ぐように兵部が口を開く。
「君の全部は僕のものなんだよ。汗の一滴だろうとね。僕のものを僕がどう愉しもうと、それは僕の自由だろ?」
「……なんだよそれ。僕の意志は無視か?」
「嫌じゃないくせに」
「だからっ」
 なおも噛み付こうとする皆本の唇が、兵部によって塞がれる。時間をかけて舐め回され、唾液を啜られて、皆本は赤くなった顔で兵部を睨みつけた。
「嫌じゃないくせに」
 再度囁かれた言葉に皆本は見ないようにしていた本心と向き合わされ、悔しさに顔を伏せると唇をきつく噛みしめた。

 悔しいのは兵部の言葉を否定できないことではなく、そんな男が好きなのだという、自分の心に対するものだった。
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