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 皆本がソレに気付いたのは、就業時間も過ぎて帰宅の準備を始めている頃だった。羽織ったスーツの上着のポケットを何気なく探り、出てきたカードキーに首を傾げる。
 何の変哲もない、ホテルのカードキーだ。
 皆本でも聞き覚えのあるホテルの名前とルームナンバーが記されたカードを眉根を寄せて眺め、皆本はおもむろに取り出した携帯で今日の日付を確認した。
「……今日だったのか」
 呆然と呟いて、皆本は深く息を吐き出した。
 帰宅できなくなった旨を同居者へと送信すれば、そう間を置くこともなく了解の言葉と皆本の体を気遣った内容が続いた。そのメールに微苦笑を浮かべ、あまり夜更かしをしないようにと一応の釘を差して、皆本はカードキーに記されたホテルへと向かった。
 足取りは決して軽いものではなく、むしろ重い。行きたくないわけではないが、どういう顔をして会えばいいのかわからない。いつも何気なく会わせている顔だが、今日ばかりはその意味合いを変える。
 いつも自分はどういうリアクションを取っていただろうかと思い返そうとしても、そんなものに意味はないと気付いて諦める。
 結局、いつも通りでいいだろう、と結論付けて意気込んでも、いざホテルの部屋の前まで辿り着いてしまえばなんとも頼りなくなる。皆本はポケットを探りカードキーを取り出すと、じっとそれを見つめた後、ポケットに入れなおした。そして扉をノックする。
 待ち人が先に部屋にいるとは限らなかった。
 けれどしばらくと待たずに、扉が内側から開かれた。
 どういう顔をすればいいのかわからなくなって、結局不機嫌そうに佇む皆本を眺めて、兵部がおかしそうに笑いを見せる。
「入れよ」
 皆本が持っているカードキーのことには触れず、ただ中に促してくる兵部に皆本は顔をより不機嫌にさせて部屋に足を踏み入れた。
 その瞬間、ドアが閉まりきるのも待てない性急さで、兵部に抱き寄せられていた。腕を引かれて壁に強かに背中をぶつけ、痛みに呻いた唇を有無を言わさず塞がれる。痛いほど強く唇を吸われ、仰のいた頭がごりごりと壁に擦れた。
「んっ、む……、ぅ……うっ」
 皆本の両腕が兵部の体を押し返そうと動くが、それを拒むように強く腰を抱かれて体を密着させられる。口腔にねじ込まれ、粘膜を舐め回す熱い舌にぞくぞくと背筋が戦慄いた。
 皆本が零そうとする唾液も啜り、荒い息を吐きながら舌を絡ませられる。皆本は観念するようにきつく目を閉じると、怯える舌を兵部のそれに押しつけた。すぐに絡め取られて吸引され、体が跳ね上がる。
 たまらずに皆本は兵部に縋りつき、流し込まれる唾液を喉を鳴らして呑み込んだ。
 離れた唇の間に、深い溜息が落ちる。
「機嫌は治ったかい?」
「……別に、機嫌が悪かったわけじゃ……」
「だったら続きをするよ」
 楽しそうに兵部が囁いて、上着を脱がされる。無造作に床に投げ捨てられた上着に皆本が眉を寄せると、笑いながら唇を触れ合わされた。差し込まれた舌に応じながら、皆本も兵部の学生服を脱がせていく。
 脱がせた兵部の上着を皆本は躊躇ってから足下に落とす。兵部はズボンから引き出したシャツの裾から手のひらを入れ、皆本の素肌を撫で回しながらおかしそうに笑った。
 皆本がムッとして絡めた舌に軽く歯を立てると、柔らかい乳首を強く引っかき返された。
「んっ」
 かたく尖らせるように執拗に指に弄られ、摘まれる。兵部の指の間で凝る乳首を容赦なく責められて、皆本はたまらずに腰を引かせた。
 すぐに兵部が腰に回した腕に力を入れて抱き寄せ、膝を割った脚で体を押し上げられる。ズボンの中で昴り始めていたものを強く刺激されて、息を弾ませてしまう。
「皆本」
 囁くように名前を呼び、また貪るように口付けられる。腿に欲望を押しつけてくる猥褻な動きに顔を熱くしながら、皆本は舌が解けるとその場に膝を折っていた。
 満足そうに笑って頭を撫でてくる兵部を軽く睨みつけて、目の前のベルトを緩める。下着を探って熱く滾ったものを握り、ゆっくりと手で擦って高めていく。
 気持ちよさそうに息を洩らして頭を撫でてくる兵部に、胸の奥がむずむずとする。そのむずがゆさに小さく身じろぐと、髪に埋まった兵部の指に強く頭を引き寄せられた。
 抗議するように兵部の顔を振り仰げば、高慢に笑い返されて終わる。皆本は熱くなった息を吐き出して、兵部の欲望へと顔を近寄せ舐め上げた。
 浮き出た筋を押し上げるように舌を押しつけ、舌の上でビクビクと震えるものを舐める。口を開けて口腔に迎え入れると、それだけで背筋に震えが走った。
「んっ、ぅ……ふ、ん……っ」
 唇や舌を使って欲望を高めていき、滲みだす雫を吸い取る。慣れはしないが懸命な舌遣いで皆本は兵部のものを何度も舐め上げ、反り返った欲望の根本にある膨らみにも舌を伸ばす。
 そうしながら髪をかき乱す兵部の指を感じていると、次第に妙な気分になってくる。それを振り払うように深く銜えたものを吸引すると、奥まで呑み込ませるように頭を押しつけられ、前後に振られた。皆本は兵部の脚に縋り、歯を立てないように注意するので精一杯だった。
 皆本がきつく睨み上げると、銜えているところを見ようとするように髪を引っ掴まれた。
「やけにサービスがいいじゃないか。何かあった?」
 ぐっと手に力を入れて引っ張られ、皆本は痛みに呻いて兵部の欲望を口から放した。残念そうにする兵部を見上げ、首を振る。
「何もない」
「嘘つき」
 即座に否定され、皆本はムッと顔を顰めた。探るような目つきで見下ろしてくる兵部を皆本もじっと見返し、だがふいと視線を逸らすと髪を掴む手を払いのけた。
「何もないのは本当だ。……忘れてたんだ」
 気まずげに顔を逸らしたまま、皆本が呟く。頭上に注がれる兵部の視線が強くなったような気がして皆本は小さく肩を揺らし、諦めるように兵部を見上げた。
 兵部は口の端を緩く持ち上げ、皆本の顎に指をかけた。
「で、忘れてた罪滅ぼしに素直に従おうと?」
「んなワケあるか」
「だよね」
 皆本が即答で切り返すと、兵部も間をおかずにあっさりと自分の言葉を否定する。
 唖然と見返す皆本に、兵部はおかしいことでもあるかと聞きたそうな顔で首を傾げた。
「お前はそんな殊勝なことしないだろ。――僕に対して」
「……当たってるがそう聞くとすごく僕がどうしようもない人間みたいに聞こえるだろ」
 不機嫌になって皆本が言い返し、兵部に鼻先で笑われる。
「大方、忘れてたからそれを突っ込まれたくなくて、でも待ち侘びていたと仮定するのも嫌だからとりあえず従っておこう、くらいの考えだろ」
「補足して、とりあえず従っても何かと文句は言ってくるだろうから果てしなく面倒くさい」
「付け入る隙を与えるお前が悪い」
「ネチネチと重箱の隅をつつくようにねちっこいお前の性格が問題なんだろ」
「ああ口が減らない坊やだ。口を動かすならもっと別のことで動かせよ。萎えるだろ」
「っ」
 口元に押しつけられる欲望に思い切り顔を顰めて、皆本は仕方なく口を開けて銜えた。舌を絡ませて擦りながら見上げた兵部が満足そうな顔をしていることに腹立たしくなるが、すぐに皆本は目を伏せて目の前の行為に集中する。
 余計な口論をするたびに時間は減っていく。ふと、それはそれでいいのではないかとよぎるが、兵部に腰を強く押しつけられ喉奥を擦られて、諦める。
「まったく、かわいげのない」
 楽しげな口振りで嘆かれて、皆本は口の中のものに軽く歯を立てた。
 小さく声を洩らして腰を揺らした兵部にやり返してやった気分になって、皆本は唇に笑みを滲ませると音を立てて吸いついた。
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