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  蜜事  

「ああ、目が覚めたかい?」
 聞こえてきた声に皆本はまどろみかける瞼をどうにかこじ開け、声の主を探した。横たえた身体を起こそうとしても全身に甘い痺れが残されており、胸や腹、その奥にはまだ粘液がこびりついていた。
 何度か瞬かせた目でようやく兵部の姿を捉え、裸の身体にそっと視線を外す。恥ずかしがる素振りを見せる皆本に、兵部がおかしそうに喉を鳴らしてのしかかってくる。
「……やめろ」
 押し退けようとした両手はシーツに縫い止められ、皆本の制止の声も聞かずに兵部が首筋を舐る。皮膚を吸い、ねっとりと舐め上げる舌に身体の奥でくすぶる熱が刺激される。
 びく、と跳ねてしまった身体を抑え込もうとしても、繋がり合った感覚を色濃く残す身体は簡単に煽られた。散々に搾り取られたと思うのに、まだ、身体は兵部が求めるものを明け渡そうとする。
「喉、渇いているだろう? たくさんいい声を出していたし」
「誰の、せいだとっ……」
 上下する喉仏が口に含まれ、飴玉を転がすように舌に舐められる。押さえつけられる両手に力を入れても、兵部の手はびくともしない。
「それって僕とのセックスが気持ちよすぎて声が我慢できない――って言ってる?」
 身体を捩り、諦め悪く逃げ道を探っていた皆本が硬直する。大きく目を見開かせて驚きを示し、見る見る顔が赤く染まっていく。狼狽えるように揺れる瞳は、言い当てられたことによる図星か、自分の言葉をそう解釈されたことへの戸惑いか。
 兵部は顔を上げて薄く笑うと、用意していたらしいペットボトルの水を含み、逃げる皆本を再び捕まえて唇を塞いだ。
「んっ、ぅ……」
 兵部の口内で冷たさを失い、ぬるくなった水が流れ込んでくる。拒もうとしても、身体が水を感じた瞬間にはすでに飲み込んでいた。喉を通っていく水分に、確かに喉が渇いていたことを自覚する。二度、三度と口移しで渡されるうちに、皆本の抵抗もなくなっていた。
 何度目かの水で喉を潤し、深く息を吐き出すと空の唇が重なっていた。水の代わりに熱い舌がねじ込まれ、体温を下げた口腔の熱を上げられる。
 蠢く舌に翻弄されながらも、皆本は太股に這う手のひらの存在に気付いていた。汗ばんだ太股がじっくりと撫で回され、ぐっと膝が腹につくように持ち上げられる。
「やめっ……」
 皆本が焦って脚を下ろそうとする。しかし、力の分は兵部にあった。太股を押さえるのと逆の手がぬかるみに伸びる。兵部に擦られ続けたそこは腫れて熱を持っているようだった。襞の一枚一枚を解すように指が弄り、奥まで入り込んでくる。
「ううっ、あ、ああ……っ」
 腰をくねらせて悶える皆本に、奥を掻き混ぜる指にも熱が篭もる。耳を犯す淫猥な水音に皆本は惑う声を上げ、抱えられた足で宙を蹴った。
 ひくつく場所が、指を銜え込んでいる様子が兵部に見られていることが嫌で仕方ない。何度も絶頂を繰り返した欲望が頭を擡げ始めていることも、見られたくはなかった。
「やめて……くれ、……兵部」
「こんなに美味しそうに銜えて、締め付けて離さないのに? 気持ちがいいって涎まで垂らしているじゃないか」
「ひっ、ちが……あ、ああっ」
 ぐちゅ、と兵部が皆本の中に吐き出した粘液を大きく掻き混ぜられる。うねる粘膜に塗り込むように内奥を弄られ、指が強く粘膜を押し上げる。たまらずに締め付けてしまった皆本に、兵部が得意げな顔をする。
「また欲しくなってきた? 本当に君は欲張りだ……」
 持ち上げた両腕で庇うように顔を隠し、皆本は力なく首を横に振る。そんなことはないと否定したかった。だが、身体はどんどん熱を上げて、悦びに震えている。
 指を抜かれ、脚を下ろされると知らず安堵の息を零していた。逃げるようにシーツに身体を這わせて、兵部から距離を取る。そう実行に移す前に、皆本の身体は兵部によってひっくり返され、腰を掲げるように上げさせられた。
 兵部に向かって腰を突き出す格好に、皆本が慌てて身体を崩そうとする。しかし、腰を強く掴む手にすら感じてしまって、どうすることもできなかった。
「本当は、ただ君の身体を綺麗にしてあげようと思っていただけなんだけどね」
「嘘……だっ」
 ぬるり、と擦りつけられた昂りに、皆本は強張る身体を前方へと逃がした。腰を掴んだ手にすぐに引き戻される。兵部がより身体を寄せてきて、ずる、と太い先端が入り込んできた。
 背中をしならせか細く息を震わせた皆本に、兵部が耳元へ唇を寄せる。
「本当さ。僕は嘘は吐かない。――君が煽るから、我慢できなくなったんだ」
 甘く詰ってくる声にさえ、皆本は感じていた。
 違う、そんなつもりはなかった、と言いたくても、声にならない。
 先端だけを銜え込ませて浅く小刻みに突き上げてくる兵部に、情動が抑えられなくなる。兵部に弄られ、奥から流れ出してくる彼の精がぐちゅぬちゅと淫猥な音を奏でていた。泡立ち溢れたものがゆっくりと内股を伝い、その感触がやるせなくて、切なくてたまらない。
 これ以上、この男に溺れたくはないのに。
 求められることに愉悦を感じて、彼の昂ぶりを感じることに興奮して、どうしようもない。
 浅ましい人間であることなど知りたくもなかったのに、欲の枷がひとつずつ、破られていく。
「君も僕が欲しいだろう? なぁ、皆本」
「く、ぁ――っ、あっ、ああっ」
 皆本を焦らしていたものが緩慢に内奥を貫く。蠕動する粘膜が嬉々として兵部の欲に絡みつき、迎え入れる。腹の奥に感じる圧迫感に皆本は苦悶の――けれど悦びの混ざった喘ぎを零し、腰を踊らせた。
「ほら、こんなに中を熱くうねらせて、僕に貪りついてくる。これでも、欲しくなかった?」
 粘膜のうねりを堪能するように、兵部は密着した腰を動かそうとしない。
 そうやって焦らされるのは、皆本だ。この熱く逞しいものに意識を飛ばすほど愛された記憶がすぐそこにあるのに、今はただ皆本に待てを与えてくる。なんて酷い、と吐息を切なく震わせても、兵部は皆本を宥めるように腰を撫でるだけで、動きはしない。
 皆本からの答えを待っているのだ。
 言葉だけを取れば、皆本の意志を尊重しているようにも捉えることができるだろう。しかしここまで進んでいながら止められるのは、甘い拷問でしかない。
「…………ほ、し……」
 皆本は耐え切れず、声を滴らせていた。
 兵部を飲み込んだだけの尻を震わせ、欲を締め付けて奔る深い官能に吐息が濡れる。甘い痺れにぞくぞくと身体が悶えて、頭がぼんやりとする。そうなりたくなかったのに、兵部のことで頭がいっぱいになる。
 繋がり合っていることが、嬉しくて仕方ない。
「欲しいよ、兵部……。……お前のことが、僕は……っ、あっ」
 小さく唸った兵部が、腰を掴み直して身体を揺さ振ってくる。最初は優しく、徐々に力強く。
 皆本は揺れる視界にシーツに縋り、すべてを受け入れていた。堕ちることが怖くてたまらなかったのに、堕ちてしまえばそれが愛しくてたまらない。胸が詰まるような感覚に息も苦しくなって、ただずぷずぷと身体を出入りする熱い昂りのことだけしか頭に残らない。
「あっ、あうっ、……うっ、ゃ……っ」
「いや? なら、止めるかい?」
「そんな気も、ないくせ……にっ、……ああっ、ぅっ」
 からかうような楽しげな声に、皆本は精一杯の悪態を吐き出す。だがその虚勢も、丹念に奥を突き上げられ脆く崩れさる。
「酷いなぁ。君の嫌がることはしないでおこうっていう、僕の優しさだろ?」
「じょ、だんも……大概にしろ。……んぁっ、あ……」
 皆本の言葉は素っ気ないのに、身体は熱く兵部を求めていた。一度も触れていない皆本の欲望も腹につくように反り返り、雫を溢れさせている。重く鈍る腰を皆本は悩ましげにくねらせ、体内で感じる兵部の脈動に恍惚と表情を蕩かせた。
「兵部……ぁあ……、あっ」
 譫言めいた囁きに、兵部が苦笑を零し強く皆本の身体を揺らす。
「あまり……煽ってくれるなよ、皆本。君を壊してしまいたくなる……」
 呟かれた甘く恐ろしい言葉に皆本は息を呑み、唇に笑みを浮かべる。兵部からはその表情を見ることはできなかった。それでも、皆本が喜んでいるらしい気配に熱が上がる。
 皆本にとってはいきなり力強く脈を刻み膨らんだ欲望に、狼狽える。けれどそれで内奥深くを突かれると、思考が快楽に染まる。どうしてかなんて、どうでもいい。ただ、兵部が感じてくれていることが、嬉しい。
「あ、ぁぁ……、……ぃ」
 背中をしならせ喘いだ皆本に、兵部も深く息を吐き出す。
「兵部……きもち、い……」
 無意識に零れたのだろう囁きを耳にして、兵部はそっと皆本に覆い被さった。力強く抱き竦め、背中に口付けてくる兵部に皆本は眩暈のようなものを感じていた。
「ああ……、僕も気持ちいいよ」
 熱の篭もったその声に、気付けば皆本が達していた。自分でも理解できないその高まりに狼狽える皆本を宥めて、兵部も皆本の中で絶頂を迎える。
 混乱の中にいながらも、皆本は襞を収縮させて兵部の迸りをおいしそうに飲み干していた。搾り取ろうとしてきつく絡み付いてくる粘膜に、兵部が腰を震わせて最後の一滴まで注ぎ込む。
 力無く弛緩する身体をベッドに横たえると、皆本は首を捻ると口付けをねだった。すぐに応じてくれた兵部と舌を絡め合わせて、至福の時にただ身を委ねた。
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