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  いざない、いざなう  

 深く絡めていた舌が解け、乱れた息が溢れる。
 大きく胸を喘がせて、ぼんやりとする視界で見上げれば、眼前の男が不敵に笑う。何を言いかけたのか、自分でも分からないままに開けた唇を塞がれて、深まる期待とは裏腹に、意地悪な男は隣に身体を横たえた。
 挑発的な視線が、僕を射る。
 視線は外さないまま、器用に動く指が、彼の学生服をはだけさせていく。
 白いシャツを乱し、現れるのはそのどこか幼げな容貌とは不釣り合いの、逞しい肉体。痛々しい銃創。
 それを見た瞬間、胸には切なく締め付けられるような苦しさが込み上げてくるというのに、どこか背徳を煽る妖艶さを感じてしまう。
 堪らず、喉を鳴らしてしまえば、微かな空気の揺らぎを感じた。
 指先の動きを追っていた視線を男の顔へと戻せば、彼は笑んでいた。高慢に。艶やかに。
「来いよ、皆本」
 たまにはいいだろう、と、誘惑の声が囁く。
 また、ごくりと喉が鳴る。
 どこから来るのかも分からない息苦しさにネクタイを緩め、その色香に中てられたように、ふらりと、身体を起こす。
 彼の浮かべる笑みが、深まった。

 自分から彼の腰に跨る。その恥知らずな行動に、顔が熱くなる。
 置き場の分からない両手を彼のはだけられた胸について、困惑の眼差しを男へと向ける。笑んだままの唇が、楽しげに細められた双眸が、居た堪れない。
 逃げ出したくて堪らないような気持ちになるのに、身体はただ、小さく身じろぎをするだけだった。
「たまには君の好きにしてごらんよ」
 僕をどうしたい? と、蠱惑的な唇が誘う。
 緊張に、期待に震える指先で、静かにそっと、シャツを開く。
 彼の胸を撫でるようにシャツをはだけさせて、晒す肌に眩しさに耐えるように目を細める。確かめるように慎重な手つきで肌を撫ぜ、どうしたいのか。
 湧き上がる希求のままに、身体を屈める。
「……ん」
 唇で肌に触れて、軽く吸い上げる。
 自分の立てる水音が恥ずかしくて堪らない。
 それでも、何度も唇を押し当てながら、逞しさを伝えてくる肌を弄る。
 繰り返し夢中となって愛撫して、深い溜息を零す。それすら熱が混ざり、淫靡さを感じさせる。
 顔を上げ、だがその視線は彼の顔を直接は見れず、喉元を映し出す。白く柔らかそうな肌。熱に浮かされているような気分で首筋を舐り、徐々に唇を上へとずらして、彼の唇の端へと辿り着く。
「唇にキスは、してくれないのかい?」
「……して欲しいのか」
「ああ。して欲しいよ。君からしてくれるキスなら、どこにでも――」
 恥ずかしい台詞を臆面もなく告げる男に羞恥が高まり、皆まで聞く前に、恥ずかしい唇を塞ぐ。
 開けられたままの唇の中にそっと舌を差し入れて、彼の口腔を探る。軽く触れて、奥へと逃げるそれを追いかけて深く唇を押し付ける。
 擦って、絡めて、唾液すら混ぜ合わせて、舌先から甘く蕩けていく。
 頭がぼうっとするような、多幸感。
 名残を惜しみながら唇を離せば、どちらのとも分からない唾液が滴る。彼の肌を濡らすそれを舐め取り、吸い付けば、甘い、味がした。
 口の中で、味わって、喉を鳴らして飲み込めば、小さく笑う声が耳をくすぐった。
「今、すごくいやらしい顔してるって、気付いてる?」
「そんな、こと……」
 自分の浅ましさを指摘する声に、理性が返り始める。
 それでも、首にぶら下げたままのネクタイを弄る指に、そこに口付ける姿に、息を呑む。
 口付ける瞬間、伏せられていた瞼がゆっくりと持ち上げられ、そして深い色を宿した瞳にまっすぐに見つめられると、言葉を失くしてしまう。……言葉には、魂が宿るというそんな言い伝えもあるけれど、今この瞬間、言葉というものほど無粋なものはない。
 彼の瞳に映る自分は、ただ彼を求める浅ましい獣と成り果て、その衝動は自分ですら抑えられるものではなかった。
 早く、この男が欲しいと。
 そう疼く身体に引きずられるように、心は、思考は、目の前の男のことしか考えられなかった。

 焦るような手つきでベルトを外し、下着の中に収まるそれを弄る。熱を帯びているのは、自分に欲情しているからか。――考えただけで、息が上がる。
 手のひらに包むように握るそれを擦り、身体をずらして、口付ける。舌を伸ばして舐め上げ、びくびくと震えたそれに、知らず笑いが零れていた。
「皆本」
 短く、咎めるようなその囁きに羞恥を思い出し、だが抑えきれない衝動にまた唇を寄せる。熱く震える欲望に唇と舌を這わせて、高めていく。形を変え、質量を増していくその素直な欲の昂りに、愛しさが溢れる。
 いやらしく音を立てて舐めしゃぶり、息を上げる。自分がどれだけ恥知らずなことをしているのか、頭の隅で客観的に捉える自分がいても、止められない。
 部屋に響くのは、自分が立てる淫猥な水音と、荒い呼吸。肌に粘りつくような淫靡な空気が、知らず身体を高めていく。
 これを自分の中に受け入れる。
 そのことに未だ抵抗も反発心も抱えているというのに、知ってしまったその繋がりに、得られる恍惚に、逃げの余地などありはしなかった。むしろ、そうしてひとつとなり悦ばせることができるのだと知って、身体は悦びに打ち震えた。
 決して交われないわけではない。
 たとえ何も残せないのだとしても、自分たちの心には、身体には、それは残り続ける。
「もういいよ、皆本クン」
 僅かに息を乱し、掠れた声に制止され、ぼんやりと顔を上げる。
 その自分はいったいどんな顔をしていたのか。
 口元には笑みを湛えて、唾液や彼の先走りに濡れた口周りを指に拭われて、耳が熱くなる。濡れた指を舐める、赤い舌から目が離せない。
 キスをしたい。
 キスをして欲しい。
 身体を突き上げる衝動のまま首を伸ばして顔を寄せれば、唇が重ねられ、すぐに舌が絡められた。後頭部を引き寄せられ、深く唇を重ねて、髪に差し込まれた指がそこを撫でる感触に、恍惚と溜息が滴る。
 口腔を弄る舌に蕩ける身体を叱咤して、もどかしく、スーツを脱ぎ捨てる。
 荒い呼吸と、服を脱ぐ衣擦れの音を聞きながら、揺らいだ身体が昂りを硬い腿へと擦りつける。それだけで、そこから得られた刺激に息が弾む。
 先端に滲む先走りで彼の服を穢す背徳。
 思考を侵蝕する淫らな何かに理性は蕩けて、身体が急かす。
「あっ……、あぁ――っ」
 熱い視線に犯されながら、己の身に指を沈める。
 震える指先は、緊張しているのか、急いているのか。ぎこちなく、だが確実に、頑ななそこを解していく。
 恥知らずにもほどがある彼を受け入れるための準備を彼に熱く見つめられて、身体が焼けるように熱い。熱視線は執拗に肌を嬲り、昂る欲望を更に震えさせる。
「やっ、あっ、見ないで、くれっ……」
 こんなにも浅ましくて恥ずかしい姿を。
 お前を求めて止まないこの身体を。
 見ないで――
 ただ譫言を零しながら恥知らずな醜態を晒して、熱を強めていく眼差しに眩暈を感じる。
 息も上がり、霞がかる視界の中でも、自分を見つめる眼差しだけは、はっきりと感じ取ることが出来た。
 高温に焼ける蒼い瞳。静かに、見ているだけでは分からない烈しさを灯した瞳が、全身を嬲る。彼の視線に舐められるそこから火がついたように熱く火照り、その火照りは容易く全身を蝕んだ。
 はしたなく雫を垂らす欲望がかたく張り詰め、自分が擦りつけているものが何なのかも、どれだけの痴態を晒しているのかも、関係なかった。
「あ、ああっ、……も、イくっ、で、る……っ」
「ああ。好きなだけ出せばいい」
 優しく囁かれ、それまで指一本触れることのなかった彼の指が欲望をなぞり上げた途端。
 ぬかるみに入れた指をきつく締め付け、身体をしならせて、淫らな熱を飛ばしていた。恍惚と緩む唇から熱い溜息を滴らせ、余韻に浸る。
 だが、その時は長く続かない。
 身体を揺らし、絶頂を迎えたばかりの欲望を張り詰めたもので擦られて、胸が喘いだ。深い息を零した唇に塗り付けられるのは、自分が吐き出したもの。――彼の胸を汚したもの。
「汚したら綺麗に――ね」
 口の中に差し入れられた指を舐めしゃぶりながら、物足りなさを感じる身体の中を掻き混ぜる。口腔を掻き混ぜるその指の動きを真似るように、自分の指を動かす。舌を絡めて、奥を締め付けて、抜き取られてしまった指に、自分の指も引き抜く。
 そして探り当てた彼のものを、ヒクつくそこに押し付ける。
「はぁ、あ……、んんっ――!」
 ずぷずぷと、身体を貫く逞しいもの。
 彼を迎え入れる悦びに身体は震え、強く締め付ける。
 身体の奥で強く男の存在を感じながら、身体を屈めて口付けをねだる。舌を絡めてその心地よさを堪能していると、尻を鷲掴みにする手に左右に開かれ、広げられたそこをずぷずぷと熱が出入りする。
 襞を擦り、内奥深くを突き上げる欲望に、ぞくぞくと身体が痺れていく。
 体勢を保てない身体が崩れて男の胸に凭れ、それを抱えられたまま何度も奥を抉られる。
「あうっ、あっ、ああっ、だめっ」
「君は一度イっただろう?」
 だから今は僕の番、と優しく囁かれ、そんな声にすら欲望を締め付けてしまう。
 目の前の身体に縋り、いやいやと首を振るその下では、熱を吐き出したばかりの欲望がとうに頭を擡げていた。粘着質な蜜を垂らして、ぴくぴくとその身を成長させていく。
 自重に沈む身体を下から突き上げられ、尻を掴んだ手が好き勝手にそこを操る。植えつけられる快楽から無意識に身体が逃げようとしても、いったいどこに逃げ場があるというのか。
 慈悲を乞い、何度となく口付け、舌を絡めて甘え縋っても、容赦のない責めが止むことはなく。身体の奥に熱い迸りを受けるまで、ただ快楽に嬲られる。その味わわされる深い官能に、身体はぐずぐずに蕩け、思考は堕ちる。
 普段は強い理性の皮で覆い隠しているからこそ、それを剥されたとき、現れるものは貪欲に自分の欲を隠さない。
 求めのままに縋り、渇望するままに貪り、誕生するのは淫欲の獣。
 あるいは制御も抑制も知らない、ただ純粋にそれだけを求める、無垢な赤子。

「あっ、もっと、シて――……、お前が、欲しいんだっ」
「ああ。何度でも、いくらでも――。君が望む限り」

 交わり、溶けて、ひとつとなって。
 刹那の永遠を、永遠の刹那を求めて、どろどろな欲が溢れ出す――
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