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  馴染めば想う  

 一切の光を遮断した薄暗い部屋の中で、啜り泣くような声がか細く響いていた。自分で自分の身体を抱き締めるように丸まり、それは小さく肌を震わせている。己の指を深く腕に食い込ませて、荒く吐き出す息がシーツを生暖かく湿らせる。
「ぁぁ……っ、はぁ……んっ」
 ぞくぞくと震える身体を抱えて、ひたすらに耐え続ける。どれだけの時間が経ったのかも朦朧とし始める意識では分からない。稼働時間はそう長くはない、と告げられていたか。でもそれも、誰にとって、なのか分からない。
 こうして一人で残される前に身体の中へと入れられた玩具は、皆本に内部から微弱な刺激を与え続けていた。最初は違和感がある程度で、皆本も耐えられると思っていた。恐らくはつまらない意地でもあった。
 しかし、時間が経つにつれて、内奥を擦られ快感を得ることを知っている身体は物足りなさを訴え始めてきた。弱く蠢いているだけでは足りない。兵部のするように、深く出し入れをして、うねる粘膜を擦り上げて――
 これまでのことを反芻する身体に、玩具の齎す微弱な快楽がまるで焦らされているようで、チリチリと少しずつ、理性が焼かれていく。
 両手は自由にされている。兵部もこの部屋に留まるのなら好きにしていいと言っていた。だが、自ら快楽を貪るはしたない真似が、皆本には出来なかった。きっと兵部もそれを見越している。気持ちよくなって、絶頂を迎えても、すぐに兵部が戻ってくるとは限らない。
 そう思った瞬間に感じた、胸の詰まるような激しい感情の揺れは、何を暗示していたのか。
「あ……、兵部――っ!」
 強く疼いた欲望に、皆本がたまらなく兵部を呼んだ、その時。
 音を立ててドアが開かれ、一筋の光が射し込んでくる。薄暗い部屋を見て、ドアの傍に立つ人物はすぐに部屋に明かりを灯して皆本の下へと歩み寄ってくる。
「お待たせ。待ちくたびれたかな?」
 ベッドへと腰掛けて皆本の身体を揺らした兵部が、おかしそうな声で嘯く。丁度良すぎるタイミングに皆本はまさかずっと見張られていたのではないかと考えるが、頬に寄せられた手のひらの冷たさにとりあえずの思考を放棄する。
「この変態ジジイっ。さっさと抜きやがれ!」
 つい先程まで、快楽に切なく喘いでいた唇で兵部を罵る。睨み上げる皆本に、兵部はわざとらしく両目を大きく見開かせた。寸足らずで隠しきれないシャツの下、形の良い剥き出しの臀部を撫でて、その中心に生えたものに手を伸ばす。
 皆本が尻を揺らして振った――玩具付きの尻尾。
 それ自体に当然ながら神経など通っていないが、その代わり、根本から生えた玩具と繋がっており、尻尾を弄られればその振動が玩具へと伝わってくる。
 細くしなやかな猫の尾を模したそれを、本物の猫と戯れているように兵部は愛で、指を根本へと滑らせていく。尻尾を咥えた襞が、誘うようにヒクついていた。
「ああっ」
 周囲をなぞるように撫でられて、皆本は背をしならせて悶えた。襞がきゅうっと窄まり、尻尾をきつく締め付ける。内奥で玩具を感じているのか、皆本の腰がびくびくと震えていた。
「気に入ったから入れてるんじゃないのかい?」
 どこから取り出したのか、兵部は皆本と同じ毛色の獣の耳の付いたカチューシャを頭に装着させて、満足そうに頷く。頭の違和感に眉を顰める皆本の機嫌を取るように猫耳に触れて、頭を撫でた。――やはりそこに神経はないのだから、それは鑑賞用だ。皆本は本物の耳を弄った方が、気持ちよさそうに目を細める。
 どういうことだと、うっかり気持ちよさに細めてしまった目元を淡く染めたままつり上げて、皆本は視線で問い詰めてくる。羞恥を隠し切れていない必死さは、笑みを誘う。
「僕はこの部屋にいるなら好きにしていいって言ったろ? ――別に抜くな、と言った覚えはないけど」
 遊ぶなとも言ってないよ、と、兵部は優しく言い聞かせるように囁く。その手指で尻尾を弄り、震えた耳を舐め上げて。
 皆本は呆然と目を瞠り、次の瞬間にはカッと頭を熱くさせた。言った言わないの言葉遊びのようなものだが、その発想が自分の中になかったことに狼狽する。そこまで自分は浅ましい人間だったのか、兵部に慣らされていたのか。
 怒りにも似た羞恥が込み上げてくるが、それで過ぎた時間が巻き戻されるわけではない。身体の疼きが消えるわけでもない。
「可愛いなぁ、皆本クンは。抜いちゃダメだと思ってずっと耐えてたんだ? 腕もこんなに傷つけて……」
「う、うるさいっ。離せっ!」
 片腕が取られ、自身で抉ってしまった傷跡を見つめられる。血は出ていないが、食い込んでいた爪に薄皮がめくれている場所もある。
 これ以上ないほどに頭と頬を茹でらせながら、皆本は兵部から腕を取り返そうともがく。だが、身体をバタつかせると内奥で咥えたままの玩具に粘膜を抉られて、動きを鈍らせてしまう。
 だったら、と、空いた片手で尻尾を引き抜こうとするその前に、取られていた腕をべろり、と舐められた。それだけでも、敏感な肌がぞくぞくと粟立つ。
「ひっ、よせっ……!」
 咄嗟に腕を引いた皆本に兵部はあっさりと腕を解放し、身を屈めて覆い被さった。シャツの中に潜り込んだ手に背筋を撫でられて、たまらず上体がくねる。背筋を辿りながら下へと伸びる手は、シャツから抜けると当然のようにヒクつく窄まりへと触れた。
 収縮する襞を撫でた指が、尻尾を掴んで中の玩具を引きずり出す。
「あっ、やめ、ああっ」
「抜けって言ったりやめろって言ったり、どっちなんだい?」
「スイッチっ、切れ、って!」
 抜かれる、と思った玩具が再び押し込まれ、蠢きながら粘膜を刺激する。皆本の訴えに兵部はようやくそれを思い出した顔をして、だがすぐにその顔を意地悪く変える。
 内奥深くまで玩具が捻じ込まれ、更にその台尻を突く指に、皆本は声を上げてシーツに縋りついた。
「あっ、うぅっ、っく、んんっ」
 身を孕む快感を振り払うように、皆本は頭を振って髪を乱した。高く上げさせられた腰の下で反り返った欲望が粘液を滴らせ、もどかしそうに太股が擦り合わされる。揺れる腰に合わせて、尻尾が誘うように揺れ動いていた。
 そこに鈴でもつけていればよかったかと、兵部は己の失念に眉を寄せつつも、それよりももっと鈴が似合うであろう場所に――皆本の欲望に、手を伸ばした。
 鈴の音の代わりに、甘い声が上がる。
「イってごらん? 僕の可愛い子猫ちゃん」
「こ、のっ……、エロジジ――、ああっ」
 強く欲望を擦り、敏感な先端を弄られると、皆本は玩具に内奥を抉られながら絶頂を迎えていた。しなやかに背がしなり、ピンと張り詰めるその肢体は猫耳や尻尾の存在も相俟って、猫のように愛らしい。
 身体を弛緩させ、くったりと横たわる皆本を尻目に、兵部は皆本の精に濡れた指を舐め、頭上に座り直した。玩具のスイッチを切ると、皆本の口からは切なく甘えるような声が零れていた。
 膝枕をするように、だがそれにしては俯せでは苦しい体勢に、皆本が顔だけを兵部に向けると、するりと頬を撫でた指に喉元がくすぐられる。兵部の楽しそうな表情に憮然とした感情が込み上げてくるが、くすぐる指は、気持ちいい。
「舐めて。皆本クン」
「……いやだ」
「だったら今度こそ両手縛って尻尾が抜けないようにして一晩中放置してやろうか」
 にこやかな表情で囁かれる脅しに、皆本は小さく身体を震わせて顔を伏せた。兵部がやるといえば必ずやるだろう。その言葉以上に酷いやり方で。
 皆本がおずおずと、兵部のベルトに手を伸ばすと、思い出したように声がかけられた。
「ああ。ベルトは仕方ないにしても、それ以外で手を使うなよ? キミは今、猫だ」
 言いながら兵部の視線は頭上の猫耳と、尻に生えた尻尾に向いているのだろう。そんな視線を感じる。
「……にゃーと鳴けとは言わないだろうな」
「それも考えはしたけど、そこはほら。キミの言葉で感じてるのを聞くのがいいから。にゃーにゃー訴えられても猫語分かんないし」
 あっけらかんと告げる兵部に呆れ、諦めながら、皆本は軽く息を吐く。
 ベルトは外せたが、障害はまだあった。
「ボタンも勘弁しろよ」
「仕方ないね」
 ぽんぽんと頭を叩く手に苛立ちを覚えても、ぶつける先はどこにもない。兵部に向けても倍以上となって返ってくるだけだ。
「ん……」
 舌と歯でジッパーを下げて、寛げたその中に顔を突っ込み、舌先で欲望を弄る。とんでもなく恥ずかしいことをしているのだと頭の中にあっても、窺い見る顔が楽しそうに綻んでいればそれに絆される。
 照れ隠しのような悪態を胸中に洩らして、皆本は熱を宿した欲望に舌を伸ばした。手が使えないのなら、舌と唇で高めていくしかない。口腔に溜まる唾液を塗り付けて擦り上げ、丹念に舐る。
 猫の物真似をするのなら咥えない方がいいのかとも、馬鹿正直に考えが過ったが、そこまでする必要もないだろうと皆本は硬く身を反らした欲望を深く咥え込んでいく。その最中、兵部が小さく笑ったのは、皆本の考えを透視したのか。
 きつく先端を吸い上げれば、皆本を抱えた太股が硬く緊張する。
「焦らなくても、キミが上手に出来ればちゃんとミルクを飲ませてあげるよ」
 頭を撫でながら囁く声に、皆本は思わず動きを止め、欲望を口から離して兵部を見上げた。不思議そうに見下ろしてくる顔に、呆れればいいのか。
「お前……恥ずかしくないのか、そんなこと言って」
「全然? キミこそ、僕のを舐めてるだけで勃起させて恥ずかしくない?」
「っ」
 気付かないと思った? と笑う兵部に皆本は慌てて顔を伏せ、膝を胸元に寄せるように身体を小さくした。その仕草に、兵部が「鎌かけただけなんだけど」と口の中で楽しそうに言葉を転がす。
 無心に、自棄になるように皆本は舌を動かし続け、それも次第に雑念が消えて熱が込められていく。たっぷりと時間をかけた愛撫に、頭を撫でる指先に力が入り始め、咥えた欲望も口腔で熱く脈動する。
「ほら、飲ませてあげるよ」
 熱を帯びた声に促されて、深く咥えたものを強く吸いながら擦り、精を吐き出させる。注がれるそれを受け止めて、数回に分けて喉を鳴らして飲み込んでいく。
「美味しいだろ?」
 聞かれて、何も考えずにこくりと頷く。自分の愛撫で高まって吐き出された欲情の証なのだから、まずいということはない。残滓を啜り、口を離すと深く長い溜息が零れていた。
 顎を掴み、親指で口元を軽く拭われる。その指も舌で舐め上げると、シャツを剥ぎ取られてベッドに押し倒された。
「あっ」
 足をはしたなく大きく広げさせられ、欲望が兵部の前に晒される。淫らに熱く火照った身体を視線が舐り、肌が震える。皆本が腰をくねらせると、尻尾が浅く波打った。
 兵部の指が尻尾に触れ、小刻みに中を揺らす。
「あっ、んぅっ、んっ」
 玩具で中を緩く掻き混ぜられながら、胸を、腹を舌と唇に弄られる。シーツに背中を擦りつけるように皆本は身悶え、甘い疼きに声を濡らした。吸引され、噛みつかれた乳首は赤く腫れ、そこに吐息を感じただけでも愉悦を覚える。
 出し入れを繰り返される内奥は熱くとろけ、感じるたびに締め付けては兵部の苦笑を買う。
「二本入ると思う?」
 尻尾に沿うように指を浅く押し込まれ、皆本は硬く身体を強張らせながら首を激しく横に振った。入れられた玩具は兵部のよりも細身のものとはいえ、その倍以上の圧迫を与えられることに恐怖を覚える。
「それ、は……だめだっ……」
 施された愛撫に理性が薄れているのか、悲観的な感情の昂りに皆本の目からは自然と涙が溢れていた。静かに涙を零す皆本を見つめて、兵部は息を吐くと捻じ込んでいた指を引き抜いた。
 皆本を宥めるように頭を撫でて、口付ける。あやすように口腔を優しく舐られて、そっと舌を吸われると甘く胸が疼いた。
「わかった。やめる。――ったく。キミの泣き顔見るといじめたくなるんだけどねぇ。厄介だ」
 ぼやきを零す兵部に、皆本はむっと唇を尖らせて身体を引き寄せる。
「いいから大人しくお前だけを感じさせろ、この性倒錯の性格破綻者めが」
 皆本の詰りに、兵部が無防備な顔を晒す。だがそれもほんの僅かなことで、すぐに人を食ったような笑みに変わる。ゆっくりと焦らしながら尻尾を引き抜かれて、内奥がヒクつく。そこに熱を擦り付けられると、皆本は腰を悶えさせて喘いでいた。
 熱を含まされると、そこからじわりと淫らな欲求が膨らんでいく。欲情した粘膜を擦られて、それがたまらなく気持ちいい。
「じっくりと僕だけを感じさせてあげるよ。他の何も考えられないくらいにね」
「あ、ああっ、ん…っ、最初、から……、そうしろっ」
 内奥深くまで兵部を呑み込み、上体を快楽にくねらせながら、皆本は気丈に食ってかかる。それを兵部が目を細めて受け流し、腰を揺らす。勝ち気な目にちらちらと欲情の色が混ざり、瞼の奥に隠されるたびにその色は濃く変わっていく。
 甘い鳴き声を上げながら、皆本はただ全身で兵部の熱を感じ入った。
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