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  君はそれを愛と呼ぶ  

「なんだよ」
 ついぞ、沈黙に耐えきれなくなったかのように、皆本がぞんざいに口を開いた。その顔は僅かに紅潮し、視線が落ち着かなくあちこちと彷徨う。
 そんな慣れない態度の皆本に、兵部はうん? と何が楽しいのか笑みを浮かべて首を傾げ、いつまでたってもこちらへ来ようとしない皆本の身体を引き寄せた。
「ぅ――わっ」
 見えない力――サイコキノに押される皆本の身体が、前へとつんのめる。ベッドに足を取られ、更に勢いをつけた身体が兵部の上へとダイブする。
 ぼすん、と惨状に対してどこか気の抜けた音が部屋に響いた。
 寸前に両手をついて顔面からいくことは免れたが、一言、不届き者を怒鳴りつけてやろうと皆本は腕立て伏せの要領で上体を起こし、言葉は出なかった。
「――」
 皆本の行動を先読みしたのか、後頭部を掴む手に顔が固定され、唇は兵部のそれで塞がれていた。
 唇はただ重ねられているだけに過ぎなかったが、それでも皆本から言葉を奪うには十分だった。
 目を見開かせたままの皆本に、伏せられていた兵部の瞼が持ち上がり、濃紺がしたりと笑う。その瞳の変化をまじまじと近距離で見つめてしまった皆本は、途端にカッと込み上げてくる羞恥とも怒りとも分からない感情に血を上らせる。
 ぞく、と走った震えは、寒さのせいにするには生々しい。
「ん…」
 喉奥で声を洩らした皆本に、兵部がゆっくりと重ねていただけの唇を離す。
 ただそれだけの、これまでのことに比べれば戯れにしか過ぎないことなのに、――だからこそなのか、他愛もないことが恥ずかしくてたまらない。
 咄嗟に赤らんだ顔を見られたくなくて顔を背けた皆本に、兵部の楽しげな笑い声が耳を打つ。
「照れること?」
「うるさい。そんなことより僕の服を返せ」
 からかう口振りの兵部を軽く睨んで、皆本は不機嫌な顔を見せた。
 何も着ていないことに心許なさを覚え、脱ぎ散らかされた服を探そうとベッドを抜け出したのは少し前のことだ。その時窺い見た兵部は深く眠っていたようだったから、安心してそのまま探していたのだが。
 まさか全裸で服を探していた姿をつぶさに観察されていたなどと、誰が考えようか。全てを見られることなど、今更であってもそれはそれ、これはこれ。
 ゆえに冒頭の素気無い言葉を吐くはめになったのだが、先程のキスがご機嫌取り――ではないだろう。眼前の男は皆本が感情的になるのをひどく楽しんでいる。
「いやだね」
 皆本の予想通りの白々しく腹立たしい言葉を紡いだ兵部は、眉を吊り上げる皆本に笑みを返して、身体を組み敷いた。
 回る世界に皆本が目を白黒とさせている間に兵部は組み敷いた身体の上に乗り上げ、不敵に皆本を見下ろした。
「折角起きたんだし、続きしたいと思わない?」
「思わん! ――んぐ!」
 即答で拒絶を返した皆本の口は、再び兵部によって塞がれていた。今度は、深く。
 捻じ込まれた舌に口腔が執拗に舐られ、押し出そうとする舌を絡め取られる。触れる舌先から広がる甘く痺れるような感覚に、皆本はくぐもった声を上げて首を振る。流されてたまるかと、抵抗するのは意地に近い。
 だがその抵抗も簡単に封じ込まれ、口腔を掻き乱す舌に翻弄される。
「んンっ、ぅっ――ん!」
 絡められた舌が強引に引きずり出され、吸引する唇に喉が鳴る。ぞく、と腰の奥を震わせる刺激に、皆本は短く声を上げると兵部の腕に爪を立てていた。
 熱い吐息を洩らして舌を解き、ふっと脱力する身体に皆本は兵部を掴んでいた手に力が篭もっていたことを自覚する。
「あ……」
 兵部の腕に赤く残った痕に皆本は小さく声を洩らすと、軽く目を伏せた。
「悪い」
「なんで謝るのさ? ま、謝罪は受け付けないけどね」
「はぁ?」
 おかしそうに喉を鳴らして、兵部はあっけらかんと言い放つ。素っ頓狂な声をだした皆本にニヤリ、と笑う兵部に、その表情を見た瞬間、皆本の中には嫌な予感しか湧いて来なかった。
「だってそれを盾に君を甚振れなく――じゃなくて、いじめられなくなるだろ?」
 引き攣る皆本の頬を撫でながら、兵部が楽しそうに囁く。
 頬を撫でる手がするりと首筋を辿り、若々しい弾力のある肌を愛でていく。
「っ、悪趣味っ」
「愛だよ。ひとえにね」
 くすり、と笑う兵部に皆本は気難しく眉を寄せると、胸を弄り、そこにある突起に触れようとした手を掴み上げた。
 自分の上で、玩具を取り上げられた子供のように拗ねる年上の男を見上げて、腕を引き寄せる。
「どう考えても悪趣味だ」
「じゃあ皆本クン限定でそういうことで」
「……余計タチ悪くないか、それ」
「気のせいだよ」
 はぐらかそうとする兵部に皆本はむすり、と唇を尖らせる。
 覆い被さるように顔を近付けてくる兵部に皆本は一瞬浮かべた躊躇いを掻き消すと、三度目に重なる唇を素直に受け入れた。
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