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  マボロシニツツマレテ  

「――……お前の望みは永遠に果たされないよ、兵部」
 僕に思考を犯されたまま、その気高き精神は永遠に僕だけのものだ。
 誰にも渡さない。
 邪魔する者など許さない。
「 ぼくだけの、ものだ 」
 嗚呼、この胸に抱く仄暗く確かな悦びを、なんと言葉にすればいい。

 動かなくなったヒトであるものの傍らで、その顔を狂気に歪め闇へとその身を沈めようとするヒカリ。
 ザッ、と地を擦る足音に茫洋たる顔を上げ見上げた先には、この場には不釣り合いな、満足げな笑みを浮かべた男。
 その顔に見覚えはあった。何者かも知っている。
 だのに感情が、動かない。
 己が奪ってしまったものの存在の大きさが、喜悦に浸る感情がすべての思考を止めていた。
 ゆっくりと足音を響かせ歩み寄ってくるギリアムに、皆本はソレが無意味な行為と知りつつ、兵部であったモノを庇うように静かに足を踏み出した。
 絶望に、狂気に歪みながらもひたと向ける敵意。
 牙も爪も持ちやしないか弱い人間の足掻きは、ギリアムの足を止めるには足らない。
「実に喜ばしい」
「!?」
「さあ、今度こそ、それをこちらに渡してもらおうか。これで僕の理想が強固なものとなる」
 いつの間にか、逃げ道を塞ぐように現れた少女達。周囲をぐるりと囲うように立ちはだかる彼女らに、皆本は奥歯を噛み締める。ぐったりと重い、兵部の身体を腕に抱き、突破口を探る。
 彼を、この男にだけは渡してはならない。
 そんなこと、本能に訴えられるよりも先に知っていた。
 だがそれと同じだけ、己が無力な普通人でしかないことも、わかりきっていた。
 ギリアムは一分一秒も惜しいだろう。でなければ兵部の細胞は全て死滅する。全ての細胞が壊死に至る時間はどれほどだったか。
 ぐ、と兵部を抱く腕に力が籠もる。死して尚、蹂躙を受けることは許されるのか――。それは否だ。
 冒涜は許さない。
 一欠片たりとも渡してやる義理はない。
「――残念だ」
 心底落胆したギリアムの声が落ちた瞬間。
 それを合図としたように少女達が動く。
 皆本はそれを視界に映しながら、ただ兵部を守ることしか術は持たなかった。
 ――しかし。
「まったく。どうして僕の周囲には自分勝手な人間しかいないんだ」
 仕組まれていた茶番劇は終わらない。

 聞こえてきた声は自分の都合の良い幻聴かと、皆本が目を瞠り呆然と固まるその腕の中で。
 疎ましげに皆本の腕を払い退けた彼は迫り来る少女達をただの一撃で蹴散らすと、驚愕に目を見張らせたギリアムに不敵な笑みを見せた。
 死んだ――、と、そう思った彼が、己の足で立っている。
 撃ち抜いたはずの胸元に傷跡があるはずもなく、停止した思考が緩やかに巡り出す頃には、皆本は座り込んだまま、腹を抱えて笑いだした。笑いすぎて涙すら滲むほどに。それまで抱えていた闇すら吹き飛ばすように清々しく。
 そんな、笑い続ける皆本を兵部は呆れた顔で見下ろし、ギリアムは奇怪なモノを見るような眼差しを向けた。
 そして苦々しく、ギリアムは顔を歪める。
「ヒュプノか……!」
 忌々しげにギリアムが吐き捨てた台詞に、緩やかに兵部の口角が持ち上がる。
 皆本の笑いも、いつの間にか収まっていた。
 兵部が皆本へと視線を落とせば、皆本はただ肩を竦める仕草でいなし、どこまでも真っ直ぐな眼差しを見せる。――後でちゃんと説明しろと、言葉よりも如実に純粋な瞳は告げる。
 それには何も答えずに兵部はギリアムと向き合い、大袈裟な身振りでギリアムを挑発する。
「君がコソコソと隠れて様子を窺っているのは知っていたからねぇ。皆本クンが撃とうがどうしようが、現れるだろうと思ってね。あまりにも都合良く罠に掛かってくれるものだからどうしようかと、笑いを堪えるのが大変だったよ」
 思わぬ収穫も得られたし、と意味ありげに送られてきた視線に皆本は頬を赤らめ、罰の悪い顔をして視線を逸らす。
 皆本の立ち上がる姿を横目に兵部はギリアムへと視線を戻し、肩を竦めた。
「僕を謀ろうなんて百年早いんだよ、お坊っちゃん」
「ッ」
 屈辱に顔を歪めるギリアムに、兵部は不敵な笑みを崩さない。
「さぁ、この前の決着をつけようじゃないか」
 そして茶番劇は幕を降ろす。
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