目次

  つんでろ  

「ん、ン……ッ」
 愛しい人を閉じ込めるように抱き締めるようにきつく腕の中に囲い、薄い唇を開かせて捻じ込んだ舌で相手のそれを絡め取る。意地悪な舌に翻弄されながら奥へと誘われ、ようやく捕らえることが出来れば深い、息が零れた。
 先でくすぐるように舌を舐り、擦り合わせていると水音が響き始める。唇の角度を変えながら舌を絡め合わせて、昂りと共に生じる火照りを耐えるように身体に力を込めれば抱き締める腕が強く、締まった。
「はァ…ッ、ァ……」
 口内に溢れる唾液を飲み込み、舌を吸引すると腕の中の身体が僅かに強張るのが分かった。相手が感じているのが分かると、途端に感情が興奮する。
 疼き出す欲情を抑えてゆっくりと唇を離し、薄く開けられたままの紅く濡れた口唇に引き寄せられるように最後に吸い付いて気持ちばかり身を離す。
 伏せられていた瞼が静かに持ち上げられ、楽しげに見つめてくる蒼い瞳に羞恥する。
「大分上手になったんじゃないかい? キス」
「茶化すな」
 からかう眼差しに皆本は赤らんだ顔をそっぽ向けて、憮然と返す。未だ抱き合ったまま、近距離でのその行動に意味はあるのか。横顔に突き刺さる視線に観念して顔を戻せば笑んだ口許が視界に入り、釘付けになる。
 それをどうにか引き剥がして視線を明後日へと飛ばしながら言葉を探すが、出てくる言葉はない。口を閉ざす皆本を見かねて、兵部が相変わらず楽しげな口調で口を開く。
「君から仕掛けて来るなんて珍しいじゃないか」
「……駄目だったか」
 事実であるからそれは否定しないが、一抹の不安はある。
 しかし皆本とてこれまでそういう気持ちがなかったわけでもなく、不慣れという面であったり羞恥との葛藤であったり、なかなかどうして一歩を踏み出せないへたれであったりするせいだ。克服しようとしても、どうしても先に進むことに躊躇いが生じてしまう。
 要は相手を満足させられるかという、男としての矜持も絡んでいたりするのだが。対抗意識もあるかもしれない。
 自尊心の問題というべきか、結局は皆本自身の問題でしかないのだが、男である以上――否、好きな人が存在している以上、邪な感情を抱きそれを実行に移したいという、健全な欲求がないわけではない。
 やはり下手だったのか、するタイミングを間違えていたのかと皆本がぐるぐる自己嫌悪に陥っていると、小さく息を吐く声が聞こえた。そろそろと視線を合わせれば、しょうがないというような表情で目を眇められた。
「君って本当おバカで可愛いね」
「なっ、褒め言葉みたいにバカを使うな!」
「褒めてるんだよ。――それで? 僕のお蔭でキスが上手になった皆本君は他にどんなことをしたいんだい?」
「一々恩着せがましいな、お前」
 完全にからかわれていると分かれば気持ちも幾分萎えてくるが、くすぶる熱は依然として身を潜めたまま。
 皆本はごくり、と唾を飲み込むと、蠱惑的な瞳に誘われるまま再び唇を重ね合わせた。

 ベッドに座った身体に覆い被さり、貪るようなキスを交わしたまま皆本は逞しく鍛えられた身体の上に手を這わせた。擦り合わせる舌が齎す官能に息を乱しながら焦れる手つきで上着のボタンを外し、袖から腕を抜く。
 身を捩った時にずれた唇をまた重ねながら今度はシャツのボタンに手をかけ、上着の時よりも小さなボタンに指が滑る。
 思わず眉を寄せた皆本に、兵部が笑う。
「へたくそ」
「うるさい。……慣れてないんだから仕方ないだろ。そうじゃなかったら文句言うくせに」
「それもそうだ。誰を相手に脱がせてきたのか身体にたっぷりと聞いてたところだね」
 舌を絡ませ唇を啄みながら、キスの合間に言葉を交わす。
 悪戦苦闘しつつボタンを外し終えると、皆本は白い肌に手を這わせそっと撫で回した。柔らかみはない身体だが、触れていると妙にドキドキする。
 されるがまま、大人しい兵部に皆本は気を良くして唇を離すと、濡れた口唇を首筋へと滑らせた。一瞬、息を詰めて首を竦めた兵部を上目に見つめて、ねっとりと甘い肌に舌を這わせる。
 白い肌に顔を埋めると、どうしても眼鏡が邪魔で仕方ない。視界が覚束無くなるのは不便だが、集中の妨げになるものがあるよりマシだと、皆本は中断する前に肌を吸い上げてから顔を起こした。
 上機嫌な表情で目を閉じていた兵部と視線が合うと、目が柔らかく細められる。
「なに?」
「……んでもない」
 顔を背けて皆本は口の中で言葉を呟き、外した眼鏡をベッドライトの側に置く。
 兵部の見せる余裕に男としてのプライドや負けん気を煽られ、皆本は胸に舌を這わせながら手を下肢へと伸ばした。いよいよとなる行為に羞恥が湧き起こったが、今更皆本も引き下がれない。そこが熱を持ち始めていることに気付けば、たまらない疼きが皆本を襲う。
 たどたどしい手つきでベルトを外し、ジッパーを下げて緩めると皆本は膨らんだ下着の中に手を忍ばせた。指先に熱いものが触れると、兵部の息が僅かに乱れた。
 ドキドキと鼓動を逸らせながら優しくそれを握り込み、緩く上下に扱く。下着の中で動きを制限され、余計にぎこちない動きでも、それは形を変え質量を増していく。
 滲み出した先走りに手を濡らしていると、不意に兵部が皆本を呼び、我に返る。
「皆本君」
「あ……、なんだ?」
「下、全部脱がせてくれないの?」
 勢いで走ってしまったものの、現状を少し冷静になった頭で見返して、皆本は途端に顔を紅潮させ兵部のそれから手を離した。
 あーあ、と、残念そうな声が聞こえてきたような気がしたがそれを無視して、下着ごとズボンを脱がせる。第一、手を離さなければ服は脱がせられない。
 そうしてまじまじと兵部の裸身を見る機会がなかったせいか(兵部が服を脱いでいても皆本にそんな余裕がなかった)、妙に緊張する。見たことはあるものだが、状況が違えば気持ちまで変わってしまうのか。
 楽しそうに、窺うように見つめてくる視線を睨み返して、皆本は自分の服に手をかけた。上を脱ぎ捨て、下着に手をかけたものの一瞬躊躇って、下ろす。そこは反り返るように熱く猛っていた。
「もうそんなに勃起させて……君は本当にいやらしい子だね」
 喉をくすぐる指に熱い息を吐きながら身を震わせて、皆本は手を払い落とす。意外に目を見張った兵部がその目を意地悪に細めるのが視界の端に映る。
 何かを言われる前に開いた口を素早く塞いで、しばらくしてゆっくりと唇を離す。
「お前のせいだ」
 熱に掠れた声で皆本は詰り、何かを耐えるように眉を寄せた切ない表情を見せる。だがすぐに唇を引き結んで、深く、息を吐き出す。
 持ち上げられた腕を捕らえて皆本が胸に顔を埋め舌と唇を這わせ始めれば、そっと手を離され髪に指が差し込まれた。そのまま撫でるように指が髪を梳く。
 唇を臍へと、その下へと滑らせて、猛ったそれに手を添えて根本からゆっくりと舐め上げる。苦い味に眉を顰め、しかし舌の上で熱く脈打つそれが愛しい。
「はぁ…、んぅ……」
 舌を、唇を滑らせて舐めしゃぶる。技巧などない拙い奉仕でもそれは力強い脈動を繰り返し、先端からは先走りを滴らせていた。皆本は滴る蜜を丁寧に舐め取り、大きく口を開いて咥え込む。唾液を唇から零しながら頭を上下に振り動かし、溢れる蜜を吸い上げる。
 髪に差し込まれたままの指先が時折強く髪を握り、その反応のあった動きを皆本は何度も続ける。苦味を唾液と一緒に喉の奥へと流し込んで、一度唇を離すと根元へと舌を伸ばす。濃い雄の臭いに噎せそうになりながらも、眼前で血管を浮き上がらせて震えるそれを幾度と舐る。
「ほんと……、いつの間にそんないやらしいこと覚えてたんだか」
 熱と笑みを含んだ声に皆本は再び咥えようとした口を止め、兵部を見上げる。兵部の白い肌は紅潮すればすぐにわかる。
 見下ろす瞳の奥にちらつく情欲の影に鼓動を逸らせながら、皆本は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「僕だって男だぞ。どうされれば気持ちいいかくらいはわかる……」
「それで僕にされたこと思い出して腰揺らしてたんだ?」
「――っ」
 瞬間、真っ赤に顔を染めた皆本に兵部は笑みを浮かべ、唾液に塗れた顎を上げさせ指先で拭う。身を屈めて顔を近づけると、その濡れた指を皆本の唇に押し当てた。
 唇をなぞる指を、薄く開いた間から覗かせた舌先で舐め上げれば、強引に口の中に捻じ込まれる。込み上げた嗚咽を喉奥で耐えてそれまでの猛った熱の代わりに舌を絡め吸い付くと、褒めるように顎裏をくすぐられる。
「我慢しなくていいんだぜ? もっと坊やのいやらしいところを見せてよ」
 間近に近付けられた唇に囁かれ、指が引き抜かれると舌が無意識に追いかけていた。
 それにくすりと笑い身体を戻した兵部に目許を染めながら、皆本は再び兵部の下肢に顔を埋め、空いた片手を自らの熱へと伸ばした。
「んっ…、は……ぅん」
 一層大きく水音が響き、部屋の空気は澱み重くねっとりと肌に張り付く。
 奉仕を続ける一方で自慰を行い、淫らな存在へと堕ちる自分が恥ずかしくてたまらない。しかしだからといってどちらの手も止めることは出来ず、心身はただ昂り続ける。高まる熱に息を乱しながら丹念に目の前のものにしゃぶりつき、熱く逞しいものへと育てていく。
 思考をちらつく貫かれたい衝動を誤魔化しながら自分の熱を扱き、次第に生まれ始める身体の奥に感じる疼きに腰が震える。
「んふ……っ、ン、……ッ」
 その震える腰を何かが撫で、窄まりへと伸びる指に無意識に身体が硬く強張る。
 咄嗟に顔を上げ言葉を発そうとしても、頭を押さえつけられ開けた口に熱を捻じ込まれる。
「んンッ」
「早く入れて欲しくてここが疼き始めてるんだろ? 君の手は両方塞がってるから僕が解してあげるよ」
 そう言ってぬめる指を後孔に押し当てられ、周囲を解しながら指先が入り込んできた。浅い所で抜き差しを繰り返し、徐々に少しずつ奥を目指してくる。
 たまらずに動きを止めて悶える皆本に、兵部は頭を撫でると熱を咥えて膨らんだ頬をなぞった。
「歯は立てないでくれよ?」
「――ァア!」
 くすりと笑い、指が奥を突き上げる。
 皆本は口を離し悲鳴を上げると、身を強張らせた後ぐったりと兵部の上に倒れ込んだ。蠕動する内奥を指に掻き混ぜられ、やるせない声が戦慄く唇から洩れる。びくびくと震える身体をすり寄せて、指をきつく締め付ける。
 背中に回された腕に抱き止められながら皆本は悶え、何かが近付いてくる気配に顔を上げると至近距離に兵部の顔があった。誘われるように、誘うように舌を伸ばせばすぐに熱い舌に絡め取られた。湧き起こる熱は頭をぼんやりと蕩けさせる。舌を吸引されれば全身を悶えさせて指を絞り上げ、張り詰めた前が痛い。
 口を塞がれたまま、言葉で主張できない代わりにそれを兵部の身体に擦り付けると、キスの合間に兵部が呟く。
「まったくしょうがないなぁ」
 言葉とは裏腹の楽しげに掠れた声で呟き、兵部は指を引き抜くと脱力した皆本の身体を引き起こした。
 促されるままに皆本は兵部の腰を跨ぐと肩に縋り、無意識のままに兵部に口付けた。絡み合う舌に、再び内奥を掻き混ぜる指にぼんやりと意識は戻ってくるが、淫らな官能の心地よさに捕らわれる。
「ここまで僕を煽ったんだからそれなりの覚悟はあるんだろうね」
 耳朶に甘く、淫猥な囁きを吹き掛けられ、小さく身体を震わせると皆本は兵部と目を合わせ静かに頷いた。
 次の瞬間には内奥を押し広げられる衝撃が皆本を襲い、大きくしなった身体は衝撃をやり過ごすと力なく崩れ落ちた。吐き出した迸りに肌は濡れ、達したばかりの熱が鍛えられた腹に擦られ愉悦が収まらない。
 内奥を擦る熱をきつく締め付けながら、皆本は目の前の身体に縋り淫らな声を上げ続けた。
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