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 それらは全て手を伸ばせば届く場所にあった。
 だけどいつの間にか、全てが掬い上げた指の先から零れ落ちていく。どんなに必死になってそれを掴もうとしても、一度零れ出したものは二度掴まってはくれない。
 知っていたのだ。いつかはこの手を離れていくことを。
 けれどそれを掴んでいることによって変わってしまう何かを、それを逃してしまうことの恐怖に怯えて先に進むことを躊躇い、そして後悔する。いつも。いつもいつも。
 昔から分析するのは得意だった。けれどそれはいつも後手後手で手に入れられる結果で、次へと繋がる改善には成り得なかった。――失くす恐怖に二の足を踏む。
 後悔など自己満足。それを先立つものには出来ないと知っているからこその悔い。所詮はエゴ。
 悲劇のヒロインを演じて、ただそれに酔い痴れているだけ。円満な別れなど、納得できるものなど何一つ、手に入れようとしなかった。
「いつも後になって分かるんだ。僕が取るべきだった行動が。あの時ああしていれば、あの時ああ言っていれば、って。僕はいつも誰かを傷付けてばかりだ」
 過去を繰り返すことしかできない不器用で自己中心的な男。言おうと思えば言えるのに、それすらも出来ない臆病者。言葉を飲み込み、必要とされる自分を無意識に演じて、いつしか自身の本質すら見失っている。
 それじゃあダメだと分かっているのに、どうして何度も何度も繰り返してしまうのだろう。
 皆本は失敗した歪な笑みを浮かべて、目の前の男に向けていた銃口を下ろした。構えていたときには感じなかった、誰かの命を奪うかもしれない重みが、ずしりと両腕に圧し掛かる。誰の命を奪う覚悟もありはいないくせに、凶器を振り回す矛盾。
 その矛盾を、躊躇を臆病さを、兵部はいつだってその銃口越しに見ていたのだろう。彼は命を奪うという事を知り、奪われるという事を知り、その覚悟を知っている。皆本がしていることなど、オママゴトの延長。そんな玩具を向けられても恐れをなすはずがない。
「これが僕の意志なのか、選ばされた結果なのかはわからないけれど、――もう、後悔はしない」
 噛み締めるように皆本はそう言葉にして、熱線銃を手放した。命の重みが手から離れ、それに僅かにでも安堵している己には、最早呆れも何も浮かばない。
 まっすぐに兵部を見つめても、その表情は読めなかった。いつもと変わらず、怜悧な表情は皆本を糾弾しているのか、冷めた眼差しに息が詰まる。だからこそ、安堵する。
 伸ばした腕は簡単に浚われた。銃を構えていたとき、あんなにも遠いと感じた距離が、今は近い。
「だけど最後にわがままを許されるなら、僕は――」
 言葉も半ばで唇を塞がれ、全てを音として伝えることは出来なかった。
 だが、噛みつくように重ねられた唇が、ぶつけられる激情が、きつく身体を締め付ける腕が、皆本の想いへの返事のように思えた。

 振り返ることもなく、立ち止まることもなく去っていく後ろ姿は全てを拒絶する。
 震える両腕は、離れていく男をどうしたかったのか。
 いつも、いつだって誰かに置き去りにされてしまうのなら、

僕は君に して欲しかった
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