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  11月11日  

「ねぇ皆本くん」
「なんだ?」
「今日、ポッキー&プリッツの日なんだって」
「……そういや紫穂が安売りしてるって言ってたな」
 それがどうした、と、お前もそんなものに踊らされるクチなのかと胡乱に見つめれば、眼前に――というか口元に差し出されたお菓子。
 じっとそれを見つめたまま、ちらり、と兵部へと視線を向ければ咥えろ、とばかりにそれで唇を突かれる。
 無視するという手段が取れないことはないのだが、そうすれば余計にややこしいことになることは目に見えて分かっていて、ならばいっそさっさと終わらせた方がマシかと、皆本は兵部の企みに気付くこともなく差し出されたポッキーを咥えた。
 そうして皆本が逆側を受け取ろうとする前に。
「う?」
 逆側を兵部が咥えていた。二人の距離はポッキーの長さしかない。
 にっこりと笑う兵部になにを考えているのか思い当たらないはずもなく、皆本は思い立ったが即実行、とばかりにポッキーを折った。
 中途半端に折れたそれをもぐもぐと咀嚼していれば、目の前の兵部は頬を膨らませてむくれていた。それが可愛く見える――なんてことはない。いい加減にジジイであるという自覚を持てばいいのに。
「なんで折るのさ!」
「誰がお前とポッキーゲームなんてするか!」
 全身で拒否してやれば兵部から上がるブーイング。しかし兵部がそんなことで諦めるはずもなく、差し出される第二弾。
「今度折ったら君の中に摩り下ろした山芋流し込んでその後にバイブ突っ込んで一日放置してやるから。ああ。バイブのスイッチは入れないから安心しなよ?」
「食べ物を粗末にするなよ! ってか何だよその脅し文句!?」
 そんなにポッキーゲームがしたいのか、と思ってもそこまで本気なわけではなく、ただ皆本でからかって遊んでいるだけなのだ。とは分かっているが。兵部は一度やると言ったらどんなことでも本気で全力でやる。
 想像しただけでもぞっとする脅しに、皆本は折れた。兵部は一度、山芋がどれだけ最強なのか経験してみればいいんだ。
 差し出された二本目を大人しく咥えて待っていると、また反対側を兵部が咥え、齧りながら近付いてくる。
 最初は馬鹿馬鹿しいと呆れていても、徐々に近付いてくる唇にどきどきが止まらなくなる。目を逸らしたくても逸らせないのは期待しているからじゃなくて、いつ近付いてくるかもわからないから、それがわからないのが嫌だからだと、言い訳してみても見透かしたように笑う瞳に居た堪れなくなってくる。
 握り締めた手のひらが熱い。じっとりと汗ばんで気持ち悪くて、逃げたいのに脅し文句のせいで逃げることもできない。――本当に?
「っ」
 鼻息が触れ、睫毛もはっきりと見えるほど近付き、唇がもう少しで重なる、という距離で皆本はついに耐えきれずにきつく瞼を落とした。
 ぎゅっと目を瞑りその時を耐えるのに、だのに一向に思ったような状況は訪れない。
 どういうことなのか、恐る恐る目を開けてみれば、いつの間にか兵部は身体を離して楽しそうに笑っていた。途端、頬だけでなく首から上、顔全体が暑く火照った。きっと耳まで真っ赤だ。
「おっ、なっ、なん……っ!」
「ふふっ。キスされると思った?」
 その言葉に、息が詰まった。十分すぎるほどに固まって回らなくなった酸素にようやく呼吸を再開させて、まさかそんなはずはないとぐるぐると思考が回る。
「それとも、キスしたかった?」
 唇を緩くつり上げて笑う兵部に、返す言葉を失くす。それもない、と思うのに、確かに唇が触れなかったことに落胆している自分もどこかにいて。
 いや違う。皆本は逃げることができなくて、兵部が思わせぶりなことをするからそれに期待してしまって、だから結局兵部が悪いんだ、と睨みつけると、腕を引かれて押し倒された。
「君の困る顔を見たかった――、って言ったら怒る?」
「……呆れた」
「じゃあお詫びにキスしてあげるから許してよ」
「お前がしたいだけだろ」
 それでも拒む理由はなくて、皆本はようやく触れ合った唇に満足に微笑んだ。
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