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  引き裂かれた純心  

 暴れる身体を押さえつけるのは、簡単だった。元来天使という生物は快楽に弱い。甘く蕩けさせるような接吻を交わせば、抵抗していた身体は躊躇いを残しながらも縋り付いて来た。
「っぁ……、ん…ふっ……」
 決して性急な真似はせず、くすぐるように舌をあやしてそっと絡めさせる。以前に見つけ出した口内の敏感なところを刺激すれば、白い肩が震えるのが手に伝わった。
 浅く深く口内の侵略を果たし、そっと口付けを解けば余韻を引くように舌同士が糸を繋ぐ。
 くたり、と寄り掛かってくる身体を愛しげに撫で上げて、震える瞼の上に唇を寄せれば、それだけで敏感になった身体がぴくりと跳ねる。
「僕のものになる気になったかい?」
「だ、れが……お前なんかのっ」
 潤んだ眼差しでそれでも懸命に睨み付けてくる、穢れを知らない天使。だがその快楽を滲ませた瞳が余計陵辱者の支配欲を煽るのだと、天使は分かっていない。
 柔らかな芝の上に弛緩した身体を横たえさせれば、怒りを見せる顔を歪ませる。興奮し現れた純白の翼が自重で押し潰されたからだ。それに失念していたとの素振りでうつ伏せに身体を返してやれば、紅潮した顔が振り返る。
「いい加減にしろっ、兵部!」
「嫌だね。いい加減にするのは君のほうだろう? 皆本」
 服の裾から掌を侵入させ、腰を撫でると逃げるように身体が上に動く。それを押さえつけてうなじまでたくし上げると、穢れなき翼を生やした無防備な背中が露になる。
 怯えるように身を硬くする皆本を、宥め賺すように柔らかな質感を伝えてくる髪を撫で、翼の生え際に口付けを落とす。
 その瞬間、兵部の耳元で羽音が響く。
「ぁ、んぅ……っ」
 翼の付け根は天使の性感帯のひとつだ。敏感なその場所に触れられれば、天使は力を失くす。
 それを知っていて、兵部はそこばかりに口付け、舌を這わせ、緩く歯を立てる。その度に零れ落ちる喘ぎと呼応するかのように、力なく翼が揺れる。周囲にか細い喘ぎと羽音が木霊しては、森の中に消えていった。
「いやっ……ぁ、っく、んんぅ…っ」
 艶やかな声は陵辱者の気を昂らせていく。震える肌を慰撫しながら、兵部はこの憐れな小鳥に現実を見せ付けるように翼を広げさせた。
 大きな羽音を立てて広げられるのは、漆黒に染まった翼。純然たる黒でありながら、悪魔の持つそれとは形の違うその翼は、本来であれば皆本と同じ純白を纏っていたはずのもの。天使の純白の翼が漆黒に染まりあがるのは、堕天の証。
 天使でなければ悪魔でもない、中途半端な存在。
 地に落ちた漆黒の羽根に皆本の身体がびくりと揺れたのを見て、兵部は彼の耳元へと唇を寄せた。吹きかけた吐息に身を竦ませる姿に笑みを落とし、静かに囁く。
「同情でもしたかい? 慈悲深き天使サマは」
「ち、がうっ。誰がお前なんかに……!」
 天使が犯してはならない最大の禁忌である人間殺しをした、大罪者。故に、兵部は神の裁きにより天界を追放され、二度とそこに足を踏み入れることは出来ないはずであったのに。
 元より神気の強かった兵部は堕天という烙印を押されても、清浄なる気に触れても身体への影響は皆無だった。だからこそ、こうして天界に現れ天使を陵辱することが出来る。
 真っ直ぐに睨み付けてくる眼差しに満足に笑みながら、兵部は捕えた小鳥の下肢へと手を伸ばした。そこはもう、翼への愛撫だけで十分に反応を示していた。
「相変わらず君は感じやすい……。天使である以前に君には素質があったんじゃない?」
「だま、れ!」
「素直じゃないな。そんなに手酷くされたいのかい?」
 握り潰すように掌に力を籠めれば、皆本は息を詰めて衝撃をやり過ごそうとする。ぴん、と強張った翼を宥めるように口付けると、ばさり、と羽音を立てる。指を動かせば小さく水音が立ち、組み敷いた身体が跳ねる。
 形をなぞるように指で辿り、先端を指先で押し捏ねれば噛み殺し損ねた喘ぎが零れ落ちた。
「っぁ、ぁん……っ」
 白い肌が少しずつ薄桃色に染まり、緩やかに扱く掌にねだるかに腰が押し付けられる。無意識のその本能を兵部はからかうことはせず、だがただで与えてやるほどに彼は甘くはない。
「ひぁ…っ、あ、…く…ぅんっ」
 張り詰めたものから手を離し、手早く擦り下げ曝け出させた双丘の奥へと、彼自身の蜜を纏い濡れた指先を滑り込ませる。蕾の入り口を軽くなぞるように撫でた後、つぷり、と指先を侵入させた。
 慣らすように抜き差しを繰り返し、再び唇で敏感な背を愛撫する。与えられる悦楽から逃れることも出来ずに皆本は身体を震わせながら喘ぎ続ける。痛みがあれば逃げることも可能であっただろう。しかし、兵部がその身を傷つけることはこれまでに一度もありはしなかった。
 快楽だけを、愉悦のみをその身に刻み、兵部は皆本の身を穢していく。その穢れは少しずつ、だが確実に皆本の身を堕ちさせた。
「や、ぁあっ……あ、…ぁ」
 羽ばたく翼からひらひらと舞い落ち続ける純白の羽根。幾枚と地に舞うその羽根は、皆本が天使としての神気を失っていく証。羽ばたくその先端には、既に堕天の証である黒が混ざり始めていた。
「神も意地悪だね。こんな気持ちのいいことを禁忌とするだなんて」
「あぁっ、ぁ、は…っ、神様、を、侮辱するな……!」
 きつく、睨みつけられ、兵部は体内に埋めていた数本の指先で無防備なしこりを突き上げた。びくん、と一際大きく身体が跳ね、身悶える姿を無感動に見下ろす。
 些か気遣いを失くして乱暴に身を掻き混ぜながら、唇を歪める。
「一途なのは結構。だが現状を理解すべきだよ、皆本」
「理解、してるさ……っ。僕はどんなことをされてもお前に屈しない……!」
「純潔を失った君に、それでも神が慈悲を与えると思うのかい? 君はもう神の眷属にはなれない。堕ちるしか道はないのさ」
 幾度となく兵部と交わり快楽を知ったその身は、穢れを受けてる。天使は穢れに敏感な生物だ。既にこの天界に皆本の居場所はないというのに、それでも神に縋る姿はいっそ哀れだ。それこそ、天使の性だと言ってしまえばそれまでだが。
 言葉を失い身を硬くする皆本の背に兵部は口付けを落とし、綻びた蕾に熱を宛がう。揺れ動いた身体が示したかったのは、拒絶か、期待か。
「愛している。君を神なんかに渡しはしない」
 囁くようなその告白は皆本の耳に届いていたのか。
 ゆっくりと身を沈め、強張る身体へ愛撫を与えながら兵部は愉悦へと皆本を溶かしていく。熱を貪るように収縮する内奥を穿ち、兵部は漆黒への侵食の広がる、純白の翼に歪んだ笑みを落とした。
 兵部の漆黒へと堕ちた翼を見ても、畏怖しなかった唯一の存在。恐れることもなく同情することもなく、ただ普通に接してくれた穢れなき存在。
 ただ友であるだけで良かったその存在への執着が沸いたのは、いつからだったか。いつから、その穢れのない瞳に自分だけを映したくなったか。
 穢れなき魂は、だからこそ穢したくなる。彼の纏う純白が漆黒に変わる時、どれだけの高揚に包まれるだろうかと夢想しては、幾度夢の中で彼を穢したか。
 そしてそれを現実に実行した時、それまで空虚を抱いていた胸がどれだけ満たされたか。きっと皆本は知るまい。どれほどに、愛しく思っているかなど。
「あ、あぁ…っ、んっ……あ!」
 悶える身体を抱き締めて、兵部は張り詰めた熱を解放させてやると体内へと精を注ぎ込んだ。
「ひぁあ! あ、ああっ……!」
 途端に暴れだす身体は、まだ清浄の残るその身に穢れを受けたせいだ。それこそがまだ皆本が完全に堕ちてはいない証であり、これから堕ち行く証でもある。
 苦痛を齎すのは兵部とて本意ではない。しかし皆本を堕天させるには必要なこと。皆本を苦しめずに堕天する方法などいくらでもある。けれど兵部はあえてこの方法を選んだ。他でもない、自分自身の手で皆本を堕天させる為に。
 それに。
 皆本は、気付いているのか。
「っく、ぁぁ……、あ、ふっ…」
 苦悶に歪められた顔の中に見え隠れする、淫蕩な表情。拒む素振りを見せながらも素直に身を委ねるその仕草は、決して兵部の与える愉悦に溺れているからだけではない。
 一度自身を引き抜き向かい合わせとなるように膝の上に抱き上げれば、自らねだるように腰を擦り付けてくる。再び柔らかな肉の中に自身を沈め、喘ぐ唇を塞ぎこめば積極的に伸ばされる舌先。それを掬うように絡め取り擦り合わせると、誘うように締め付けられる。
「堕ちておいで、皆本」
「ん、ぁあっ……、あ、…っ」
 緩やかに突き上げ、犯し、兵部は自らの手で生れ落ちた堕天使の姿に、愉悦の笑みを零した。
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