目次

  きみのとなり  

「まーたやってるな、あいつ」
 上空から見下ろす、豆粒のような人の姿。
 和気藹々、とは見えないが険悪にも見えない。それなりに仲良くはしているのだろう。
 呆れたように、でも少しの羨望を混ぜて呟いて、皆本は傍らの男を見上げるとそこにある仏頂面に苦笑いを浮かべた。
「いいじゃないですか。楽しそうなんだし」
「だが毎回抜け出されるとだな……」
 疲労を漂わせて呟く真木に、もう少し気楽に構えてればいいのに、とは口に出さずに思う。
 思う所は皆本も真木と同じではあるのだか、男がこうも心配をするから、皆本は気楽に構えることが出来る。つまり、真木がいなければ自分が彼の行動に逐一目くじらを立てていたのだろう、と考えればその心労を取り除くのは自分の役目であるのか。
 紅葉も葉も、心配はしているのだろうが基本的に諦めてもいるし。
「だったらほら」
 皆本は名案を思いついた、とのにこやかな表情で真木の片腕を取ると、ぴたりと身体をくっつけた。
 真木の驚く様子がおかしくて笑みを零しながら、
「少佐のお陰で僕と一緒にいれるって考えたら?」
「……皆本」
 吐き出された深い溜息に遠慮なく、声を上げて笑う。もちろん、その声が地上に届くことはないように気をつけて。
 抱き取った腕は振り払われることもなく、にこにこと見上げていればもう一度頭上で溜息がして腕を抜き取られる。むくれるような顔をしていたのだろうか、子供にするように頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「ほら、これでも着ていろ」
「……え?」
「そんな薄着をして。風邪引くぞ」
「あ……、うん」
 肩に掛けられた真木の上着。悔しいかな、サイズの大きいそれは皆本の身体をすっぽりと包み込んだ。
 スーツに残された真木の体温が、まるで全身を抱き締めてくれているようで、自然と頬に血が集まってくる。
 それを自覚すると同時に、腰に力強い腕が絡む。
「ほらみろ。顔が赤い」
「……いや、うん。これは平気。大丈夫」
 自分も鈍い所はあると自覚しているが、真木は更にその上を行くと思う。
「でも、まだこうしててもいい?」
 ぴたりと、先程よりもより密着すると仏頂面だった顔が仄かに赤くなる。
 言い訳するように呟かれた、風邪引かれたら困るからな、なんて言葉は、素直じゃない。
 胸元にくっついていれば逸った心音だって丸分かりだというのに。

「ほーぅ。なにイチャついてるのかな? そこのキミ達」
 突然聞こえた声に慌てて視線を下に落としても、それまであったはずの豆粒が見えない。
 恐る恐ると視線を正面に戻せば、ニヤニヤと笑みを浮かべた学生服姿の少年。
「ロリコンジジイに言われたくないです」
「なっ!」
「……って、真木さんが言ってました」
「ばっ! ――適当な嘘を吐くな!」
 でも焦るということは、あながち間違ってもないようなことを思っていたのだろう。
 皆本がくすくすと笑いを零せば、真木は言葉を詰まらせた後にげっそりと溜息を吐き出した。
 その姿にこれ以上からかうのは可哀相だろう、と皆本は兵部と向き合う。が、彼は先の暴言以外にもどこか不機嫌そうだ。
「どうした? 兵部」
「別に。……光一、こっちにおいで」
「?」
 言われたとおりに兵部の傍に近寄ると、あ、と抗議をあげる前に肩に掛かっていた上着が飛んでいく。
 背後に聞こえた短い悲鳴に皆本が振り返ると、念動力で飛ばされたスーツはどういうわけか、持ち主の顔面を襲っていた。
 それに目を奪われていると代わりに肩に掛けられた黒い――
「兵部?」
「風邪引く前に帰るぞ。ったく、なんでそんな薄着しかしてないんだ、キミは」
 とはいっても、皆本はシャツにスラックスとごく普通の格好しかしていない。けれどきっちりとスーツや学生服を着込んだ姿からは、寒く見えるのだろう。……年中同じ格好しかしないくせに。夏場は見ているだけでも暑苦しい。
「兵部は寒くないのか?」
「あ? ……そうだねぇ」
 と、一瞬ちら、と兵部の視線が後ろへと逸れて、腕を掴まれる。
 突然のことにバランスを崩しかけ、慌てて縋るのは兵部の意外と逞しい身体。
「こうしてれば寒くない」
「……強引だよな。いや、前から知ってたけど」
「文句ある?」
「全然?」
 ニヤ、と唇を吊り上げて笑う笑い方に同じように笑い返して、少し離れたところで傍観している真木を振り返る。
 浮かべられた呆れた表情のそのわけには、もしかせずとも自分も含まれているのだろうか。
「帰りましょう、真木さん」
「……ああ」
 黒い翼が一度大きく羽ばたいて、すぐ傍にまでやってくる。
 そのやってきた真木に対して兵部が、
「帰ってから詳しく聞かせてもらうからそのつもりでな」
「…………話す事なんかありませんよ、少佐」
「光一。真木は今夜大事な用があるらしいから、今日は僕の部屋においで」
 苦々しく返した真木を無視して兵部が告げたその言葉に、首を傾げつつ頷く。
 今夜は真木の部屋に行く予定だったのだが、用が入ったのなら仕方ない。兵部の部屋で過ごすのも嫌じゃないから、次の機会を待とう。
 そう思っていると、心なしか腰に回された腕に力が入ったような気がした。
「……大人げないですよ、少佐」
「ふん。聞こえないね」
 どういうことなのか、考えるのを止めて兵部と真木の顔を交互に見ても、二人ともなんでもないと揃って首を振る。
「なんでもないよ、光一」
「ああ、そうだ」
「そんなことよりさ」
 不意に兵部が顔を近付けて来て、ぼそぼそと耳元で囁かれた言葉に一気に顔が熱くなる。
「な? いいだろ?」
「っ。……今日だけだからな」
「ありがとう。光一はいい子だね」
「ああ、もうっ。子供扱いすんなよな!ジジイ」
「ふふっ。じゃあ今夜は大人の扱いをしてあげる」
 確かに兵部の歳を考えれば自分がまだまだ青二才だということは十分承知しているけれど。面と向かってはっきりと子供扱いを受けると恥ずかしいというか、なんというか。
 でもそれに対してがらりと雰囲気の変わった声に、湯気が出てるんじゃないかと思う程に顔が火照る。まともに頭を働かせることも出来ない。
 ついでに、意味ありげに首筋を撫でられて、ぞくぞくと身体の芯から震えが走る。
「――先に帰るっ!」
 これ以上はこの場に居られそうもなく、兵部の腕の中から瞬間移動で逃げ出した
目次

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system