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  淡い侵食 中編  

 広々とした浴室は、男二人が入ったとしてもそう窮屈にならない。抱えてきた身体を壁に預けるように立たせて、シャワーを捻り出す。温度を確かめてからぐったりとしたような身体にかけてやると、気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「そのまま大人しくしてろよ」
 そう言い置いて、後孔に指を忍ばせる。散々弄られて緩んだその場所は、二本の指を簡単に飲み込む。流れるシャワーの音に混ざる、粘着力のある音。纏わりつくぬめりを指を曲げて掻き出すと、白濁が太腿へと伝い零れる。
 太腿を伝いタイルを汚す精液はそのままシャワーから流れる水の力を借りて、排水溝へと吸い込まれていく。探るように指を動かすたびに白濁は溢れ、小さな喘ぎ声が響く。
「処理してるだけだろ?」
「う、っさい…っ、ン」
 縋るように壁に爪を立て、眉間に皺を寄せて耐える姿は数刻前のそれと重なって見える。反響する浴室にいるせいか、抑えきれない声にすら煽られそうだ。
 指を銜え込む窄まりはきゅうきゅうに絡みついてくるようで、白濁を掻き出そうと肉襞に触れる度に身体の奥が震える。うっすらと上気し始める肌に浮かぶ赤い斑点も扇情的に映る。
 背中に浮かぶそれをひとつ増やしてやると、甘い声を上げて背中がしなった。
「っあ、も……、処理してるだけじゃなかったのかよっ……」
「でも君も感じてきてるだろ?」
 中心でぴくぴくと葉の性器が震えている。緩く勃起したそれに触れると、きゅっと後ろを締め付けてくる。手の中で大きく脈動し、蜜を垂れ流す。ただ握り締めたまま、何もせずにいると、焦れ始めたのか腰が小さく揺れ動いた。
 腰を突き出したような格好で揺れ動く身体は、ねだっているようにも見える。それを告げたところで否定されるだけだろうが、前に触れる手も後ろに入れた指も離すと物足りないと身体が雄弁に語る。
 後ろを弄っていた指を眼前に見せ付けると、途端嫌そうに顔が顰められる。
「ほら。蜂蜜好きだろ?」
「っ、悪趣味――!」
 唾棄するような言葉にくすりと笑みを零して、皆本は指に纏わりついたそれを胸の尖りに塗りつける。芯を持って起ち上がった乳頭には触れず、焦らすようにその周囲を撫でる。びくびくと身体は震え、段々と荒いものになっていく呼吸に漸く尖りへと触れてやると、葉は全身を強張らせて快楽をやり過ごそうとする。
 後ろから耳にねっとりと舌を這わせ、甘噛みするように歯を立てる。竦む身体を宥めるように撫で下ろしながら耳の中に舌を差し入れるとぴちゃ、と響く音に肩が跳ねた。
「もう一回シてもいいか?」
「俺に、拒否権なんかあんのかよ……っ」
「いらないのならそれでもいいね」
 既に勃起した陰茎を緩んだ窄まりに押し付ける。それだけで、期待するようにヒクヒクと入り口が蠢く。我慢できないこともないかもしれないが、すればただ身体が辛いだけだろう。身体はもうこの先のものを求めている。
 悔しげな表情を浮かべる顔を振り返らせて、口付ける。音を立てながら舌を絡め合わせ、くぐもった声を聞きながらまた、後ろを突き上げる。
「――ッン、ふ、く……っ」
「っあ、は……、すごいな、気持ちいい」
 まだ完全に先程放った精液も、ローション代わりに使った蜂蜜も掻き出せ切れていなかったのか、中は柔らかく湿っている。腰を揺するように動かすだけで、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が響く。
 降り掛かるシャワーを手探りで止めると、その瞬間ぴたりと静寂に包まれる。だが、微かに聞こえてきたか細い声に中を擦ってやると嬌声が甘く耳を打つ。身体を震わせて耐え忍ぶ姿は劣情を煽る。
「は、ぁ……っ、ん、ぁあっ」
 奥を抉るように突き上げ、前へと回した手で再び濡れた屹立を掴む。全体を掌で擦り、先端に緩く抉じ開けるように爪を立てる。尿道への刺激を続けていると陰茎はますます硬く、腹につくほどに反り返る。精液を搾り出すように袋も揉みしだけば、身体全体に力が篭った。
「んゃ……っ、あ、やっ、……それ、やめろ……っ」
 首を振ってやり過ごそうとする姿に望み通りに手を放してやれば、願いが叶ったというのに残念そうな名残惜しそうな声を出す。それにクッと喉を鳴らして笑うと、熱に潤んだ眼差しが睨みつけてくる。
 その眦へと口付けて、皆本は陰茎への刺激はやめて再び乳首に触れる。ツン、と尖った乳頭を転がすように弄び、時折引っ掻くように爪を立てる。甘い声が上がるたびにきゅうきゅうと後ろを締め付けては、その中の質量にまた声を上げる。
「あ、ああ……っ、も、早く……!」
「イかせて欲しいか?」
「ん……っ、ぅんっ」
 素直にこくこくと何度も縦に振られる首に、しっとりとうなじに張り付く髪を舌で掻き分け肌を吸い上げる。
「やめ……っ、そんな、とこ……、っ、ぁっ」
「じゃあどこならいい?」
「き、くなよ、いちいち……っ、っあ、や……、っ、あぁっ!」
「嫌ならちゃんと答えないとだめだろう? 葉」
 耳元で、囁きかけるように名前を呼ぶ。それだけの行為で快楽に打ち震えるような反応を見せるのは、愛らしい。
 タイルの上でぎゅっと握り締められた手を、上から包み込むように重ねる。指の隙間を作らせて掌を捕えるように握り締めると、その上から指を握り締められた。まるで互いに雁字搦めに捕えるように、きつく。
「あぁ……っ、ァ……、はや、ッ、早くっ」
「我侭だな、葉は」
 片手で腰を支え、身体を押し上げるように最奥を突く。切羽詰ったような、哀願の混ざったような声を聞きながらまた、身体の内部を白濁で穢す。
「ふ、ぁ……っ、あ、ンン――ッ」
 体内に流れる熱い奔流に押し流されるように、葉も溜まっていた熱を吐き出した。残滓も搾り取るように達したばかりの性器を擦ってやると、色の薄れた精液が飛び出る。
 熱くうねる中から性器を抜き出すと、後を追うように双丘の間から白濁が滴り落ちる。壁に寄り掛かって荒い息を続ける身体を引き寄せて、皆本は向かい合わせに座り込んだ。
「……まだヤル気? アンタ」
「まさか。今度は本当に綺麗にするだけ。……あ、でも、もし勃ったら手伝ってもらおうかな」
「はっ、何で」
「サービス悪いな」
 くすくすと笑いながら背筋を撫で、ゆっくりと双丘まで指を辿らせる。肌を粟立てるような指の動きに身を捩りながらも皆本の膝の上で大人しくしているのは、もう暴れる体力もないからか。葉は大人しくされるがままに指を受け入れる。
 ぴくんっ、と未だ残る燻る熱が反応して震える身体を宥めながら、機械的に指を動かす。動かすたびに湿った音が響き、指を伝って精液が零れだす。
 皆本がもうそういう気もなく、ただ言葉通りに事後処理をしているだけだと分かっているからか、葉は込み上げてきそうになる声を唇を噛み締めて耐える。こればかりは、どうしようもない。頭はそうだと分かっていても、身体は自然と反応してしまう。
「葉、顔を上げて」
「え――、んぅ、……は、んんっ」
 促されて顔を上げた葉の噛み締められた唇を、皆本は緩めさせるように舌で舐め上げた。ゆっくりと啄ばむように重ね合わせては離し、離しては重ね合わせる。
 与えられる口付けに心地よさそうに目を閉じ陶酔する姿は、甘いホットケーキを頬張る姿とそっくりだった。

 ちゃぷん、と音が立ち、広がっていく水面の波紋を皆本はただなんとなく眺めていた。その波紋を広げた張本人である葉もどこか疲れたような表情で、椅子の背に凭れるような気楽さで皆本の胸に背をつける。
「アンタってノーマルそうな顔してんのに中身全然違うよな」
「そうかな?」
「ぜってーそう。普通の奴はセックスに蜂蜜なんか使わねぇ」
 どこか棘を孕んだような声音に皆本は曖昧な愛想笑いでやり過ごす。だが、決して元から使おうとして使ったわけではない。ただいざ事に及ぼうとしたら使っていたローションが切れていて、手元に僅かに残った蜂蜜があったからちょっとした好奇心で使ってみただけだ。
 丁度小麦粉もベーキングパウダーも切れていて、どうせなら一度に使い切りたかっただけ――とは、言ってやらないが。
「二度と使うなよ、あんなもん」
「はいはい。……あ、でもそれって次があると思っていいってこと」
「――ッ」
 勢いよく身体を離した葉が立ち上がりかけ、不意に膝を崩す。大きな水飛沫を上げて倒れる身体を受け止めて、皆本はこれ見よがしに溜息を吐く。
「力も入らないのに立とうとするな」
「アンタの所為だろーが」
 計何回、この少年の身体の中に精を吐き出していたか。時間も忘れて堪能した身体は疲弊し、超能力であっても使いたくはないはずだ。
 怒気を見せる葉に早々に折れてやりながら、ぽん、と頭を叩く。背伸びして大人ぶって強がって見せる節があるくせに、そうやって頭を撫でてやると途端に大人しくなる。それは皆本が葉とこの不思議な関係を続けていく中で見つけた弱点、のようなものだ。
 愛情に飢えているということなのか、身体を触れ合わせることも嫌わない。特に、行為後は。疲れもあるのだろうが、恐らくは年齢以下の表情をして馴れ合いを受け入れている。
「…………蜂蜜」
「うん?」
「違う容器のヤツにしろよ」
「わかったよ」
 同じ容器だと、思い出してしまうからだろうか。だがそれは、中身が蜂蜜であっては変わらないのではないだろうか。
「でもお前、いつか糖尿病になるぞ」
「……向こうで甘いもん食ってると真木さんがうるせーからあんま食えないんだよ」
「真木? って、あの髪の長い男のことか?」
 以前見せられた写真を思い浮かべながら聞き返す。彼も葉と同じ幹部の一人で、恐らくは兵部に一番近いだろう男。
 直接の面識がそうないからどう、とは言えないが、確かに皆本の家で実践しているような食べ方をしていればその真木でなくとも一言くらいは忠言したくもなるだろう。過分に摂取しているわけではないが、通常かける量よりもあれは多いと思う。
「そう。それ。一言二言いっつも多くて、でもからかうと楽しい」
「……あ、そう」
 思い出し笑いを浮かべる葉は、一体どの場面を思い出しているのか。同じ仲間であってもそれなりに苦労を強いられる人間というものはいるものなのか。
 しかしそうしてからかっているのも、要はそれだけ心を許しているからなのだろう。でなければ、そんな楽しげな表情を浮かべるはずもない。
「……アンタと真木さん、似てるかもしんない」
「そう、か」
 だから、葉は皆本に懐いたとでもいうのか。
 唐突に落とされた言葉は不意に皆本の中に波紋を広げて、消えていく。
「ま、でも、アンタほど二重人格じゃないだろうけどね」
「二重人格? 僕が?」
「だってそーだろ。ボスから聞いたのと違う」
「それは……」
 どこか苦いものを感じて、皆本は言葉を詰まらせる。その時に険しい、痛切な表情を浮かべていたのは背を向ける葉には見られていない。
 それは、きっと違っていることが正しい。皆本にとっての兵部の存在と、葉の存在は違う。敵対する者としては同じ括りにあっても、個人に対する物差しは違う。
「……誰だって、相手によって見せる顔は違うだろう」
「…………なに、それ」
 無意識に低く落ちた皆本の声に合わせるように、葉の声も硬く低い。だがそれをあえて気にせずに、皆本はゆっくりと吐息して続ける。
「親しい者に向けるものと家族に向けるもの。尊敬する人に向けるものや、どうでもいい人に向けるもの。人は誰でもいろんな顔を持っているはずだ。それは特別なことじゃない。それに、人によっては相手の印象の受け取り方も違う」
 相手を選んで――そしてそれはある程度無意識に、顔を使い分ける。
 皆本は兵部とはさまざまな意味を含めて本音でぶつかり合う。互いに元々相反した存在だから、相手の主張を受け入れることも出来ずに衝突を繰り返す。それは初対面の時から変わらず今も続いている。その関係性が変わることもないのだから、兵部が皆本に抱く印象は決して良いものではないだろう。
 だが、皆本と葉は。今この関係が築かれている土台からして違う。
 そして皆本が葉に向ける感情も、葉が皆本に向ける感情も、兵部とは違う。
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